あと数cm


それだけの距離を、こんなにも遠く感じた。





指先 距離




「さーむーいーっ!!」


自らの体を抱え込み、声を上げる。


カレンダーを一月も前に遡れば、多少寒さも和らいだが
それでもまだまだ春は遠い、そんな冬。

世界地図を広げて示せば、より北に近い地域へと向かっていけば
季節を踏まえても流石に冷え込みは凄まじかった。

一歩前を歩くアレンが、苦笑して振り返る。


大丈夫ですか、と柔らかい物腰で聞かれるけれども
大丈夫だったら、最初からそんな事叫ばない。


ムリ、寒い、死んじゃう。



ガタガタ震える体を押さえ込むように
自らに回す腕の力を強める。


教団から支給されたコートは中々厚手だが
あまりその効果を発揮してくれているとは思えなかった。


足は自然と、早く暖かい室内に入りたい、と歩調を速める。



あまり周りを気にする余裕も無いままアレンをツイっと追い越せば
アレンは少し驚いたようにその背中を見つめて


やがて同じように速めた歩調で、の隣へと着いた。


「ねぇ、

「んー何ー?」

「手、貸して。」

「ええ!?何で、ポケットから出したくない」


ギュッと、自分の両手はコートの大きめに作られたポケットの中に
スッポリと収まっている。

何かあった時すぐに手が出ないと危ないから、なんて
昔は言われたものだけれど、今ではそれを注意する人もいないし

体は少しでも暖を求めるように訴えていて、
自分はそれに則ったまま、折角人肌程度に温まってきたポケットの中は
それなりに快適で、そこからわざわざ寒い空気にさらす為手を出すなんて
愚かな事はしたくない。


と言うのに、アレンはたまに強引だ。

時々、彼が年下である事なんて忘れてしまうくらいに。

殊恋愛ごとに関しては、彼のほうが数枚も上手で
自分はそれに翻弄されながら、時々彼に「一体何処でそんなに遊んできたのよ」と
ボソボソ悪態を吐く程度の事しか出来ない。


恥ずかしながら、自分が恋愛経験豊富かといわれると、
とてもではないが、是と答えられるものではないのだ。


彼はいつも「遊んでるなんて失礼ですね、」とか不服そうで
それじゃあ一体なんだというのだ、この手馴れている感は、と思う。

男として、女性を気遣うのは当たり前でしょう?とか余裕の表情で答えるのだが・・・・


英国紳士、侮りがたし。


果たしてそんな言葉で片付けて良いものなのかは、
いつもいつも、疑問に思うところなのである。



兎にも角にも、アレンは今日も今日とて『たまに強引』だ。


暖を求める自分の手の平をポケットから引っ張り出して
キュっと、その大きな手で自分の手の平を包み込んだ。


そして、そのまま歩き出す。



大切そうに繋がれた手の平に、アレンのそれは、とても暖かい。


とはいえ流石に、北風に曝されている状態では次第に体温は冷えるもので
アレンは少し考えてから、繋いだままの手を、自らのコートのポケットへと押し込んだ。

これで、自分自身のコートの中に、
ひとつで入れていた時よりも、暖かく感じる。



―― とはいえ。


「なんで?」


急に、こんな風に手を繋いだりしだしたのか。


前触れも何も無かったものだから、唐突過ぎて驚く。


アレンはんー・・・と少し考えた素振りを見せると
ニッコリと、私が惚れた笑みを向けてくる。


この笑みは、ズルイ。



「たまには、ゆっくり並んで歩きましょうよ」



任務の帰り、街中にて。


そんな名目ではあるけれど、
2人揃って街中を歩く事など滅多にある物ではないのだから。


「早足で行っちゃうなんて、勿体無いですよ。」


それから、アレンはスっと視線を逸らして
「それに、」と付け加えるように、もう一つ。



「何となく、繋ぎたくなったんです」



理由としては、十分ですよね?


そんな問い掛けと共に、再び自分に落とされる優しい視線。



「やっぱり・・・・・アレンは、ズルイ」

「褒め言葉?」

「うん。」

「そっか、それなら良いや。」


言ったアレンは、笑って


ポケットの中の手の平は、
心地良い暖かさでキュっと力を込められた。


「・・・・・もうちょっと、ゆっくり歩いて。」

「ん、速いですか?」

「ううん、違う、そうじゃなくて・・・・・」



もう少し、ゆっくり。


そうじゃないと本当に、私は翻弄されっぱなしだ。



指先の距離は、数cm


隣を歩く自分達の体の距離も、同じようなものだ。



それだというのに



それだけの距離を ――― こんなにも、遠く感じた。