いつもの彼の微笑みの影に時折

チラリと覗かせる『ソレ』が

私はどうしようもなく、不安で、不安で―――








たい もり





どうして、なのだろう。


見つめる少女の微笑みに、
ジリリと焦がれる胸を、押さえる。



どうして、自分は彼女を好きになったのだろう。



ブックマンとしてこの地に入り、
自分は此処に住む者たちと境界を引きながらも、
やがてはその境界も曖昧になって


踏み入れてしまった、とは、思っていた。


そして彼女の事も、そんな踏み入れてしまった世界の
ひとつだとしか、思っていなかった。


それだというのに、自分は――




「あっれ?ラビ、これから任務?」


「あー、か。遅いな、どうしたんさ?」



夜も更けた頃。


真夜中に悪いな、と前置きを入れて、科学班の人間が
任務の呼び出しに来た。


まだ眠い目を無理やり持ち上げながら、団服を纏って
いつだって薄暗くて、昼でも夜でもあまり代わり映えの無い
長い長い廊下を一人、欠伸交じりに歩いていれば、運の悪い事。


曲がり角で偶然出会ったのは、彼女だった。



彼女の問いにはあえて答えなかったが、肯定と受け取ったのだろう。


「私は、ちょっと談話室でお喋りが過ぎちゃって」


お肌に悪いなぁ〜と、自らの頬に触れながら、苦笑だった。


白くて、陶磁の様な肌。


戦闘職に就いているはずなのに、
それは少女特有の滑らかな曲線で。


ジリリと、焦がれる胸を、押さえる。

向けられる笑みに、暖かくなるような、その場所。


そして、『ソレ』を許されないはずの自分は、
そんな疼く様な胸の痛みを、その心地よさを、無かった事にする。


は、首を傾げた。


「ラビ、具合悪いの?」

「・・・・・うんにゃ、何でもねぇさ。」


顰めた顔に、一息を置いて、いつもの笑みを取り繕った。


「・・・・・・ラビ?」


途端、不安そうな顔を、彼女はする。



自分はそれが、不可解でならない。

他の奴等なら、自分のその笑みに誤魔化されるのだ。

自分には何もなく、ただただ正常であるのだと。


それなのに彼女は―――時折、こんな風に不安そうな顔をする。



「具合・・・・悪いの?」



彼女は言葉を探すようにしながら、
けれども思うような言葉も見当たらなかったらしく、同じ問い掛けを繰り返し、


恐らく彼女が問いたかった意味としては
「何かあったの?」の方が近かったのだろうが、
自分は敢えてそれに気付かなかったふりをする。


「だから、何でもねぇって」


そんな風に笑みを向けて、
「さてと」と会話を切り上げる合図をした


「んじゃな、は早く寝ろよ、明日に響くぞ」

「あ・・・うん、ごめんね、任務前に引き止めちゃって」


気を付けて行って来てね、とまるで祈るかのような手の平で言う。

分かってるって、と、彼女の頭を撫でて


手の平から伝わる、彼女の温もりは、何処までも落ち着く


―――それなのに、



「じゃ、な。行ってくる」

「ん、いってらっしゃい」



言って、手を振って、踵を返して、歩き始める。


いつだって暗くて、朝も夜も変わりが無い。

長く長く、寂しい廊下。



「ラビ!」



声が一つ、反響した。



「絶対に・・・ちゃんと、ここに、帰ってきてね・・・!!!」



自分はその声に答えずに


ただそのまま背を向けて、手を振り替えしただけ。



手の平に残る熱も


彼女の言葉に疼く胸も


痛むような目頭も


全て、全てが暖かくて




―――それなのに、




彼女はいつから、世界のひとつではなくなってしまったのだろう



どうして、自分は彼女を好きになったのだろう




どうして―――






「どうして、こんなに痛いんだろうな、」




どうして世界は、こんなに残酷なのだろう