降り注ぐ雨音を、バックミュージックに。


2人の笑い声に、今日が暮れる。








雨音 れる








チラリ、チラリ


白いソレが、さやさやと揺れて、
時折吹く風に煽られては、雨のように降り注ぐ。


地方ではまだまだ、遅すぎる名残雪も絶えないが
この辺りでは、流石にそれももう無い。

だから今自分の目の前をチラつく白は、
冬の象徴であるようなソレではない。


むしろ、春の象徴―――


早咲きの桜は、まだ肌寒い
北風交じりの春風に、ただ煽られている。



これで、その景色にフォーカスを掛ける雨さえなければ、と息をつく。



季節は、春と冬の中間。


そんな曖昧な季節に惑わされるように、
この時期の天気は落ち着かない。


証拠に今日は、連日の晴れマークが続く天気予報に、
ぽっかりと空いた雨模様だった。


けれどもまあ、日にちが悪い。


何故にまた、「それではたまのお休みが出来た事ですし、
たまには2人で出掛けましょうか」なんて、彼からデートのお誘いを頂いた
まさにその日に、雨が降る。


別に特別何処に行こう、と相談していた訳でもないが
そんな天気予報を目の当たりにして、お出かけはほぼ諦めていた。


――が、当日。


まさに天気予報の通りとなった空模様を睨みつけて
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえと言いますが――
それって結構、天気にも当てはまると思うんですよ」と、なんかかなり
不機嫌な呟きをもらしたら、それじゃあ桜でも見に行きませんか、と誘われた。


暦の上では、残り僅かとは言えまだ3月だ。


桜なんか見られないだろうと思っていたのだが、
こんな所に早咲きの桜があるなんて、知らなかった。



そんな流れで、今現在、並んで傘を差した自分と彼は、
人気の無い公園で、一足早い桜を見上げている。



桜の雨――なんて言うが、雨の雫を受けて、風に舞い降りる花弁は
どこか幻想的で、まさにソレだ。




「機嫌は、直りました?」




ボケ・・・っと桜を見上げるに、菊が声を掛ける。
同時に自分の上に、黒いナイロン生地が入り込んだ。


視界を遮る傘は邪魔で、浅い位置に持っていたのだが、
見上げる方に集中していたせいか、持つ手が疎かになっていて。


いつのまにか顔と体全部を使って、雨を受け止めていた自分を
彼は笑いながら、自分の傘で遮ってくれた。



驚いて見上げたを、菊は笑顔で受け止める。



「・・・・・・・・少しは」


「それは良かった。」



その笑顔がなんとも眩しくて、
はムス・・・っと拗ねた様に答えながら、すぐに視線を逸らす。



――まっすぐに見ていたら、融けてしまいそうだ



とか、思ってしまう辺りがなんとも・・・・



彼の事が好きで、好きで、仕方ない。



その自分を自覚してしまって、悔しい次第である。




「随分と濡れてしまいましたね、」


「ついうっかりと、桜に見とれてしまっていました。」




お陰で、結構服と髪の毛が水分を含んでいた。

菊は、ポケットからハンカチを取り出して
「はい、顔貸してください」とか言って、わざわざ逸らした顔を
そのほっそりとした指先を使い、顎に添えた手で持ち上げる。


目の前には、見ていたら融けてしまいそうな顔だ。



「ほら、動かないで下さい」

「ううぅ〜〜・・・・・・」



菊は、器用にハンカチで顔に落ちた水分を拭き取ってくれる。



が。



そんなの、拷問だ。・・・・・・真面目に。



そしてやっぱり、そんな自分が悔しい。


悔しくて悔しくて、仕方ないから。




「キス、してくれたら。
 動かない努力・・・・・してみます」




せめてもの仕返しにそんな事を言ってみる。


菊は一瞬、驚いたような顔をしたが



すぐに笑って、その冷えた唇に
自らの熱いそれを重ねてくれて



―― 余計に悔しくなってしまった、というのは、


墓穴、及び、自分の都合なので、
どうにかこうにか心の中で折り合いを付けてみせた。



「さて、少し早いですが
 さんが風邪を引かない内に――・・・・」

「まだ、帰りたくないです」




冷えた唇から、その体温を感じたのだろう。


浅い口付けを繰り返した後に、そう言った菊に言う。



我がままの様だな、とは思うのだが
何せ、彼が思う以上に自分は、この日を楽しみにしていたのだ。


次にこんな時間を取れるのは、
一週間先か、二週間先か――・・・・



その位の期間、この忙しいお国を好きになった時点で覚悟はしたが
会える時間を大切にしたいというのは、
最早人を好きになった人間の性のようなものだと思う。


そして自分も、ご多分に漏れずそうであるのだ。


同時に彼も、そうであるのだろう。



「・・・・・・・では、とりあえず喫茶店にでも行きましょうか」



嫌な顔一つもせずに言う菊は、の手から
その機能の果たしていない傘を取り上げると、折りたたんでしまう。


そして、その畳んだ傘はに持たせると、
空いた手の平は、しっかりと繋いだ。



片手に傘を、片手に大好きなその人の手の平を
見上げた先には、満開に咲いた桜の花が。


菊は二人入り込んだ傘を持ってくれているから
少し大変そうだけれども、それはなんだか、とても幸せな感覚で



「少し、勿体無いですね・・・・・」



呟いたを、菊が小首を傾げて見やる。



「この雨だから、きっとここの桜、すぐに散っちゃうじゃないですか」



折角のこの幸せに、字の如くの水を差す雨に
やはり膨れっ面を隠せない。


「良いんですよ。桜は、そういうものです。」



自然に抗わず、そういうものなんです。


四季を楽しむのが上手なこの人は、言う。



時期を見て、パっと咲いて、パッと散る。



――けれども、人の心には、強く強く残る、桜


季節が巡り来るたびに、また見たいと思わせる、不思議な魅力。



「私も、さんにとって、そんな存在であれれば・・・と、思っています」


「え?」


「また、この花が咲いた時、
 一緒に見に来たいと思ってもらえたなら――幸せですね」



言った時、少しだけ繋いだ手に力が篭った。


ソコから伝わる、ほんの少しの緊張と
それがお愛想ではない事を示す、誠実さ。


くすぐったくて――やっぱり、融けてしまいそう。



「見に来ましょう。何回でも。
 来年も、再来年も、ずっと――」



ずっと。



菊は、嬉しそうに笑って

ガラにも無く、少し照れくさそうだった。



「とりあえず、一番近いのは桜の本場の時期ですかね」


「あ、そっか。これ、早咲きですもんね」



今年は2回チャンスがあるのか。


そう思うと、少し胸が熱くなる。



「次に時間を取れる頃には
 きっと全ての桜が見頃になっていますよ」


「・・・・じゃあ、その時には
 ちゃんと晴れてくれるように、祈らなくちゃ」



毎日てるてる坊主作って、人の恋路は邪魔するものじゃないって
お説教くれてやる。


半ば本気に意気込んだを、菊は笑った。




チラリ、チラリと、舞い落ちる桜の雨と


一つの傘に降り注ぐ雨音を、バックミュージックに。


2人の笑い声に、今日が暮れゆく。



来年も、再来年も、ずっと



こうして桜の雨に打たれて、幸せな気分になって


その時に隣にいる人が、


一緒にいるだけで融けてしまいそうな


この人でありますように――・・・