きっといつか


そんな毎日が来るから。




 
きる理由







朝、目覚める。

障子を抜けて、縁側を通り抜けた向こう側から
トントントン、と規則的な心地良い音と、味噌汁の良い香りが部屋にやって来た。


相変わらず朝の早い方だ、と思いながら、
人肌に温まる心地良い菊は布団から起き上がる。


否、朝の早い人、と言うには少々語弊があるか。


彼女は自分の起床に合わせて、わざわざ起きてくれる。


大事な人という認識はあるが
これではまるで、自分に奥さんが出来たかのようだな、なんて、
朝から少し頬を緩ませた。



「あ、おはようございます、菊さん」



冬の厳しい寒さが本格的になり、身を縮めながら入った台所は
コンロが大いに活用されているためだろうか、心地よい温さだった。


そんな中で、エプロン姿の彼女が笑顔で迎える。


「おはようございます、さん」


微かに笑みを含んでそう答えると
はおや?と首をかしげた。


「朝からご機嫌ですね、良い夢でも見ましたか?」

「まあ、そんなものかもしれません」


こんな風に、朝目覚めて、彼女が居る。

そして、その彼女は自分の為に朝食を用意して、
笑顔で迎えてくれるのだ


まるで良い夢でも見ているかのようだ。


けれども、いつか――


いつかきっと、この温かさは、無くなってしまう。


自分が『国』である以上。


彼女と同じ時間を生きる事はできない。


いつかは、彼女の居ない毎日が、また日常へと変わる。


それを、思うと―――


「・・・・菊さん?」


お味噌汁、煮立っちゃいますよ、と困った声でが言う。


それは困りましたね、そんな風に答えながら
裏腹に身体は、彼女の事を抱きしめた。


抱きしめ返してくれる体温が、温かい。


もういっそ、このまま時が止まればとさえ思う。


そうすれば、彼女の時は永遠だ。


自分と同じ、時間を歩める。


そんな風に思うほど、時には自分が国である事を憎む。


こんな事を思える人に出会えるのは、
一体この国である我が身の一生を費やしても、どれほどの確立だろう。



さん」

「はい?」

「・・・・・・・貴女の一生の時を、私に下さい。」

「・・・・・朝からプロポーズですか?」


エプロン姿のに、まだ寝起き顔の菊。

しかも場所は台所でお味噌汁に香りに包まれて、ときた。


クスクスと笑うを「どうか茶化さないでやって下さい」と嗜めると、
は、まだ僅かに笑いを残したまま「もうとっくに、ですよ」と答える。



「私の短い一生は、
 全て菊さんに捧げる心持で、私はここにいます」


一生菊さんの為にお味噌汁作りますよ。


笑って言ったは、後ろ手で
煮立ちそうなお味噌汁の火を消して、ゆっくりと抱きしめ返してくれた。





きっと―――


きっといつか


貴女の居ない毎日が、日常になる。



きっといつか


そんな毎日が来るから。


人間の儚い一生を、せめて幸せに出来るように国があり、

大事な人である彼女の為に、自らがあり


だからどうか、

その時が来るまでの時間を
彼女と、心穏やかに暮らせたら、と


それこそまさに、夢のような毎日だ。


朝から、そんな優しい会話が交わせるような、


まさに、夢のような―――・・・・・・・