風が吹いて、夏の深い緑を鳴らす。
ただこうやって公園のベンチに腰掛けているだけでも汗が滲んで来るのに、
太陽はコレでもかと言うほどに憎らしげに燦々と輝いていた。

こっちの心境は晴れどころか、
分厚い雲が光なんて物を思い切り遮ってしまっているような感じなのに。


「遅い・・・・なぁ。」


呟きは、ぼそりと疲れたような響き。

浅く浅く腰掛けて、暑さの為かクラクラして来た。

遅刻にしては、遅すぎるだろう。


「・・・もーいいや、帰ろう」


同じクラスの人間に、他意が在るのか無いのか、
遊びに行こうと誘われて、待つこと約2時間弱。


其処までして待ってやる必要も無いか、と立ち上がる。

お風呂上りに逆上せてる感覚に似て、フラリと少し立ちくらみがした。


「あれ、ちゃんやない?」


フと、自分に大きい影が出来た。

自分の背も、高くは無いが低くも無い。

にも拘らず、落ちてきた人影に振り返る。

もし例の男子だったら、遅いッ!!と怒鳴ってやろうかと思ったのだが、
見覚えのある笑顔がパっと輝いて真後ろに立っていて、反射でグッと堪えることになる。


「やぁっぱり、ちゃんや!」


「・・・・・クリストファー・・・だったけ?」



後ろに立っていた金髪碧眼の美人さんは嬉しそうに名前を呼ぶのに対して、
コチラは同じ学年の、少し目立つ人・・・位の認識しかなくて。

大きな影を作ったその人物を見上げて、自信無気に名前を呼ぶ。


そもそも話したことも無い人の名前を覚えられるほど、
自分の頭の中に空き容量を用意していない。

薄ぼんやりと出てきただけでも、少しは褒めてやりたい。


「うん。でも、長いからクリスでええよ。
話したことないんに覚えててくれたなんて、感激やわぁ」

「あー・・・うん。」


綺麗な顔立ちなのに笑い方がすごく子供っぽくて、
なんだか拍子抜けするほどだ。

人懐っこい笑顔に、少し面食らう。


「こんな所で何しとったん?
 かわいこちゃんがこんな所で一人でおったら、
 危ないお兄ちゃん達に声掛けられてまうで?」


「・・・・私にその心配はないと思うけど・・・・。」


そもそも、そんなに凝った格好をしてるわけでもないし、
容姿がずば抜けて良いかと言えば、むしろその逆だし。

愛想が良い訳でもないんだから、その心配は必要ない。


「まあ、いいや。
 私今、爆弾点火中、爆発注意〜・・・って感じだから、
 あんまり話しかけない方が良いよ?」

「爆弾?」

「そ。お怒り爆弾が腹の中で点火完了されてますから。
 爆発寸前、取り扱いにはご用心・・・ってね」


おどけて笑ってみせる。

驚いた顔をした目の前の、外人さんの見た目をした関西弁喋る男は、
なんや、その爆弾かぁ、驚いたわぁ。なんて、まったりと微笑んだ。


「どないしたん?誰かと喧嘩したとか?」


心配そうに聞いてくるクリスに、は首を横に振る。


「違う違う。
 クラスの奴に待ち合わせの約束すっぽかされただけ。」

「待ち合わせ?」

「クラスの男子に遊ぼうって言われたから来て見たんだけど、
 2時間待って誰も来なかったし。ムカついたから帰るところだったの。」


「はっはぁ・・そらあかんわぁ。
 こんなかわいこちゃんを日向で2時間も待たせとくなんて、
 女の子の扱いがなってへんね。」

「いやー・・・むしろ女と思われてるかもわからないんだけどさ・・・」


あかん、あかん。なんて、腕組みして頷くクリスを前に、
呆れたように腰に手を当てた。


夏の重たい風が吹く。

気休め程度にもならない涼しさだけれども、滞った酸素を少しだけ入れ替える。

はじめましての人と、こんな風に昔から親しい間柄の様に言葉を交わす。

不思議な感覚になった。

春の日差しの様な笑顔に、
ほんの少しイライラが収まったのを遠くの意識で感じた。


不思議な人だな。


「私の事はいいとして、クリスこそどうしたの?
 一人で歩いて・・・誰かと待ち合わせ?」

「いんや、ちゃうで?画材屋さん行った帰りやってん。」


そう言って、持ったバックの中から画材屋で購入した物らしい袋を見せてくれた。

はへぇ・・っと呟く。


「そう言えば、美術部・・・・だったっけ?
 じゃ、今年の文化祭、楽しみにしてるよ」


「ほんまに!?って、まだ結構先の話しやね。
 ・・・でも、そんなら僕、一生懸命描くで〜?」

「あはは・・・
 私が見に行かなくても、一生懸命描くんでしょ?」


少し皮肉っぽく言ってやる。

クリスはそやね・・・とか、呟いた。


「好きな事やし、何があっても一生懸命描くわ。
 ・・・・せやけど、やっぱかわいこちゃんに応援されとるんじゃ、
 やる気がちゃうねん。わかる?」


聞かれて、少しね、とだけ、答えておいた。


ジリジリと肌を焼く感覚が、本格的な夏を思わせる。
先日までの露が嘘の様な日差しだ。



日に焼けそう・・・・



もう少し話したい気はするけれども、紫外線はお肌の敵だし。
そろそろ水分補給しないと脱水症状起きそうだし。


少し残念に思いながらもおどける様に言う。


「っと、ごめんね、引き止めて。
 じゃ私、爆弾が爆発しないうちに家帰るから」

「あ、ちょっと待ってや」


爆弾なんか、とっくに消えてるけれども・・・・・


とりあえず、此処でこうして立ち話してても始まらないのだ。

けれども、踵を返そうとしたら、腕をガシっと掴まれた。


振り返れば、クリスは、此処で逢うたが百年目ぇ〜とか、
少し怖い顔して言うので、何事かと多少びびる。


クリスは、すぐにパッと明るくて人懐っこい笑顔になって


「せっかくなんやし、お茶してかん?
 すぐ其処に、すごく良い喫茶店があってん。・・・どやろ?」

「えっ・・・・」

「冷たぁ〜い飲み物でも飲んで、
 お腹ん中に付いとる爆弾の火ぃ消しに行こうや、なっ?」


言って、ふんわりと微笑む。

突然のお誘いに、2時間焼かれ続けた頭はあまり動かなくて、
ぼへ〜・・・っと言葉を返せずに居たら、あ、だったらこうしよ?と
クリスがいきなり提案してきた。


「君が待ってたんは、僕って事にすればええんとちゃう?」


「・・・・・は?」


「うん、それがええわ。君が待ってたんは僕で
 僕は画材屋さん寄ってたら、デートに遅刻してしもうた。
 んで、これからお詫びに、ちゃんにお茶を奢ってあげなあかんねん。
 ど?これなら、爆弾も爆発せんと、一緒にお茶出来ひん?」


うん、完璧やろ。なんて、満足げに微笑むクリス。

言葉の意味を飲み下して、その顔を呆けた顔で見つめる。


綺麗な顔なのに、すごく拍子抜けしてしまう。


思わず、吹き出してしまった。


「あっ、その表情。めっちゃええわぁ。
 やっぱ、かわいこちゃんは笑ってなあかんね」


「・・・・・はいはい。
 じゃ、今度遅れてきたら本当に怒るからね?」


未だにクスクスと笑いながら、悪戯を考える子供の様な目を向ける。


その言葉が、自分の提案を受け入れたものだと判断して、
クリスは一緒にニッと笑って頷いた。



「ほんまに、遅れてゴメンナサイ。
 お詫びに、おいっしいお茶とケーキも付けて奢るから、許したってな?」



夏の日差しは、ジリジリと肌を焼く。


待ち合わせをしてた人が現れたから、か。


気分は一気に、晴れやかなものへと変わった。








「本当に、わざとじゃねーんだって!
 マジッ、ゴメンって!!」



翌日、クラスの男子は手を合わせて謝ってきた。

あの暑さの中での暇な2時間を思い出して、かなりイラッと来たけれども、
そのあと過ごした喫茶店での涼しくて、
何より、この男子とでは過ごせなかっただろう位の時間を思い出して。

クスリと笑って、言ってやった。


「何言ってるの?」

「は?」

「待ち合わせには、ちゃんと来てくれたよ。」


何言ってんだコイツ、みたいな目で見られて、
はニッコリと笑って「ありがとうネ」なんて、皮肉っぽくってやると、
満足そうな笑顔で教室を出た。


また少し、爆弾点火の危機が近づいたから、
爆弾処理の上手な彼の元にでも、行こうかな、なんて。


ねえ、待ち合わせにはちゃんと、来てくれたでしょう?


爆発寸前の爆弾の扱い方が上手い貴方が・・・・


なんて、ね。





爆発寸前の爆弾の扱い方







- CLOSE -