北風が、頬をきつく愛撫して通り過ぎた。
見上げた桜の木の蕾は、まだまだ固くて、澄んだ高い青空に、それが少し寂しい気がした。


目の前の見慣れた校門には、いつもと違って父兄の方もたくさん居て、
嗚呼、もうこれで学校生活も終ってしまうのか、と息をつく。


長い卒業式は、結局当事者の立場にあってもなんとなく実感が湧かなくて、
校長の話や、PTA会長のお話、なんて、ぼーっとして過ごしてしまって。


定番の仰げば尊しと校歌の斉唱も、
在校生のやる気のなさにただ何となくで終ってしまった。


周りの子達が鼻を啜って涙を流していても、
自分はどうしても実感が湧かなくって、やっぱり泣けはしなかった。


胸に飾った華やかな造花が、自分を卒業生である事を示すけれども、ただそれだけ。


明日からもうこの学校に来ることはなくて、
こんな風に友達と馬鹿話したり、慰めたり、慰められたりする事が無いなんて、不思議だった。


此処は、小学校も中学校も全部エスカレーター制で、
たまに外部入学者が入るだけの変り映えのしない学校だったから。


だから、こうやって、皆がバラバラになるのは、初めてだった。



みんなとそれなりな話をして、周りよりも少しだけ早めに学校を出た。


別に理由は何となくだけれども、わざわざ遠回りして海岸沿いの道を歩く。

冬の海は誰が居るわけでもなくて、冷たい風が通り過ぎるだけで、寂しかった。



「呆気ないなぁ・・・3年間。」


「ほんと、呆気ないもんだな。」



呟いたら、思いがけない言葉が振ってきて、
思わずビクっとして振り返る。



「なっなんでいんの佐伯!!」


「いちゃ悪いかよ。」


「悪かないけど人の背後に突然立つなよ悪趣味だな!」



ムッとした表情の見慣れた白髪に、
バクバク言ってる心臓を押さえて怒鳴りつけてやる。


因みに、コイツとはほぼ腐れ縁的関係。


何がって、高校3年間、一緒のクラスでずっと隣の席。


くじ引き制の席替えの中で、先生仕組みましたかと聞きたいくらいに見事にぴったんこだった。


お陰様で、一部女子に軽く目を付けられた思い出が痛い。



「にしても、最期までお前と会うんだから、
 お前、なんか仕組んでただろ、やっぱ。」


「なんでわざわざ自分からンな事せにゃならんのよ。
 女子に陰口叩かれた可哀想な私を見て御覧なさい。」


「良かったじゃないか、有名人になれて」


「なりたかないわ!!」


しかもそんな哀しい有名人いやだ。切な過ぎる。

言ったら、佐伯は相変わらずの余裕の笑みで、なんかムっと来る。


「・・・その様子だと、最期まで本性はバレなかったワケだ?」


「当然。俺がそんなヘマするわけないだろ。」


「佐伯だからそんなヘマしそうなんじゃん。」


言ったら、後頭部を綺麗にスパーン!とチョップが入った。

目の前を軽く星が飛ぶ。



「そんなに俺流チョップがほしいか。」

「欲しくないからしなくていいっつの!!」



というか手加減しろ手加減。
なんで最期まで優しくないんだよお前、もう。


「はあ・・・よくこんなヤツと3年間ツるんでられたよ、私」

「・・・そういえば、なんかお前と遊んでばっかいた気がするな、3年間」

「バイトだけでも会うってのに、休日まで佐伯と遊んで・・・」

「なんだかんだで、気負う必要なかったからな、お前相手だと。」

「本性知ってるし?」

「だろうな。」



返ってきた言葉に、ハハっと笑った。

本当に、なんだかんだでよく遊んだ。

いろんな所に周って、学校では、自分をダシにして女子から逃げてたし。

まあ、最期のはコノヤロウって感じだったんだけど、それでも。

やっぱり、楽しかった。


「今日で、もう最期だねぇ」


自分と佐伯は、別の道を歩む。

口にして言ったら、突然の様に変な実感が湧いてきて、今更になって泣きそうになった。

そんな事をしていたら、歩みが遅くなって佐伯が先に進んでしまって。

遅れを取らないように、佐伯のブレザーの裾を少しだけ掴んだ。


「・・・・なんだよ。」

「・・・・別に。」


言ったら、溜息が返ってくる。

皺が付く、とか言って手は振り払われるかと思ったら、
それとは逆に佐伯はその手を取って歩き出す。


繋がった手が、思いがけず力強くて驚いて見上げたら、
少し色黒のその顔は、少しだけ、染まっていた。


「本当に、最期まで可愛くないな、お前。」

「今更私が可愛い態度なんて取ってみろ。気持ち悪いから。」

「自分で言うか?フツー」

「佐伯に言われたら悔しいから、自分で言ったほうがマシだ。」


その言葉には、笑いが。

北風が吹いて寒いけれども、繋がれた手だけが暖かいのが、不思議だった。

冬の風に僅かに混じる、春の甘い香り。

桜が咲く季節、自分たちはどんな顔をして、歩いているだろう。


「・・・・ねえ。」


「ん?」


「また、遊べるよね。」


「・・・連絡寄越せば、日程くらい空けといてやる。」


ホッとしたように、息をついた。

これが最期じゃない。

嘘でも、また会おうと言うその言葉が、こんなに気休めになるなんて思っても見なかった。


「・・・


名前を呼ばれて、佐伯を見やる。

ぅっと言葉に詰まったような声が聞こえて、
なんだよ、と睨んでやれば、佐伯はソッポを向いて言った。


「言ったんだから、ちゃんと連絡するように。
 一ヶ月以上間が空いたら、俺流チョップが待ってると思えよ」


「・・・会いたいならそっちから連絡すれば?」


「俺は、別に・・・・」


口篭った佐伯に、が笑って、
またチョップが飛んできて、2人で笑って。


「俺、お前の事、好きだったよ。割とな。」

「私も。好きだったよ?結構ね。」

「・・・・・素直じゃないな。」

「人の事言えると思うの?」


2人して睨みあい。

最期までこんなか、自分たちは、と苦笑する。


そんな風に、油断した矢先。


フと、視界が暗くなって、唇を、何かが掠めて。


「・・・・は?」


思わず出たマヌケな声に、佐伯の顔は赤くなって反らされる。


「が、外人風・・・挨拶」


次に返ってきた佐伯の言葉。

暫くの間の後、赤くなるとかよりも、
やっぱり、込み上げてきたのは、笑いだった。


「そういう意味合いでするなら
 もっとサラっとやりなよ、恥ずかしー」

「なっ。おまっ、人がな!!」

「はいはい。わかったわかった。頑張ったねー、佐伯」

「あのなぁ・・・!!」


笑い続けるに佐伯は罰が悪そうで。


あの佐伯がよくサラっとキスなんか出来たもんだ。

微妙に関心。

本当に、よく頑張ったと思う。


「佐伯」


「何だよ」


めちゃくちゃ不機嫌そうな声。

反対にの声は、笑いを含んだままで



「明日、暇ならデートしよっ」

「は?」

「・・・・・・私、好きだよ、佐伯の事。
 だから、佐伯にその気があるのなら」


言葉は案外サラっと出てきて。

いつの間にか離れていた手を、差し出してみる。


佐伯は、やっぱり罰が悪そうに頭を掻いて、
差し出した手に自分の手を重ねた。


「予定、空けといてやるよ」


言われた言葉に、今度は2人で笑った。


大きな手が、熱と共に握られる。

今度は、お互いが自然と、唇を合わせた。


「これも外人風挨拶?」


ニヤニヤして尋ねたら、真正面からチョップ。
避けられなかった自分が悔しい。


クソゥ。


「ンなワケあるか。」


それでも、赤くなってそう言った佐伯の言葉に、
何となく勝った様な気分になった、なんて言ったら
またチョップが飛んでくるだろうから、言わないけれども。

道路に伸びた影がしっかり手を握って歩いている事が、なんとなく、嬉しかった。






別々のでも、手を繋いでいこう







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