カノジョの為に、泣こうと思った

カノジョの為に、憎もうと思った


助ける事の出来なかった、カノジョの為に


かのじょに、この人生を捧げようと思った

かのじょの笑顔の為に、この身の全てを



―― 嗚呼、



『彼女』の意味が変わったのは、一体いつからだったのか





インディゴブルー焦燥






辺りは夕焼け色に揺れていた。


薄紅の空色を、透明な湖は忠実に反射する。


時折風に乱れるその幻のような光景に、
微かに胸を乱されながら


このまま一曲くらい書けるかもしれないと感じて
空を見上げて、息を吐く。


―― 兎も角、そろそろ帰ろうか、と。


作曲作業に取り掛かるのは、
屋根の下に戻るまではお預けだ。


自らの隣に立て掛けておいたリュートを取り上げ
さて、と立ち上がり、最期にもう一度、
空を映す巨大な鏡となっている湖に視線を落とし

踵を返したところで、おや?と首を傾げた。


草むらが揺れて、見慣れた姿が出てくる。


彼女は「あ、やっぱり此処だった」と笑った。


「お前・・・・・なんで此処に。」

「いい加減ジョニーさんの行動パターンも解ります。
 ちょっと遅かったから、心配で見に来てみました。」

「一人でかい?また、無謀なお嬢さんだな」

「何分田舎育ちですから、ガサツなんです。」



ニッコリと笑った彼女に、やれやれ減らない口だな、と
呆れとも取れない溜息の後、ジョニーは肩を竦める。



「わざわざ悪いな、これから帰るところだ。」

「はい、そんな事だろうとは思ってました。」

「・・・・本当に行動パターンを読まれてるな・・・・・」

「解りやすいですもん、案外。」



確かに、基本的にはモリュウかシデンで歌を唄い、
幾つもある気に入った場所で、作曲するか、やはり歌を唄うか、
自分の行く場所と目的は基本的に限られてはいるが、それとは言っても
行き先は中々多いもので


果たして、そんなにあっさりと解りやすい等と言えるものであるかは
首を捻ってみるところである。


「自惚れちまいそうだから、
 あんまりそういう事を言うもんじゃないぜ、」


ぽんっと、自分より頭一つ分は小さな位置にある頭に手を置くと
「ジョニーさんなら、別に構いませんけどねぇ」とのんびり笑う。


まったく、他意があるのかないのか分からなくて困る。



「さて、いよいよ暗くなっちまうな。」



帰るぞ、と声を掛ければ、はーい、と返事。



辺りは赤焼けから藍に変わる。

山際はもう漆黒に近い色合いだ。

星も幾つかきらめいて、夜はすぐそこまで来ている。




「新曲は出来そうですか?」



草むらに足を踏み入れて、が聞く。



「ああ、ラブソングを一曲な」

「ラブソング、多いですよね、ジョニーさん。」




恋多き人生を送ってるんですね、と苦笑する
そうでもないさ、と肩を竦めて返す。



「本当に愛したと思える女なんて、二本指で足りちまう。」



その返答に、首を傾げたのはだった。


愛した女 ―― 一人はどうせ、エレノアだろう。


それはもう既に、承知の上で話をしている。


今更隠す仲でもないし、その話はもうとっくにフェイトから聞いている。


それをジョニーも知っているから、あまり好んで話したがりもしないけれど
あえて隠すような事も、特にはしていない。


しかしまあ、あと一人というのは――・・・・・


「気になってる顔だな。」

「・・・・・否定はしません・・・・」


興味はあります、



言うに、そうだなぁ・・・とジョニー。

ゆっくり歩みを止めた自分に、
は数歩進んだ先で振り返るように立ち止まった。


そんな彼女を、いつものように、見つめ返す。



「お前さんだよ、って、言ったらどうする?」

「・・・・・・冗談で?」

「いいや、本気で、さ。」

「・・・・・・もし、そうだとしたら」



泣いちゃいますね、きっと。



言ったに、ジョニーは笑った。



「そいつぁ参ったね」と。



「俺はお前さんの泣き顔は苦手でね。
 ガラにもなく、どうして良いのか解らなくなっちまう。」

「本当に、ガラじゃないです。」

「お前さんが泣く事自体が、ガラじゃないからな。」




笑うジョニーに「そんな事・・・・」と返してはみるだが、
自分でも理解している節はあるのだから達が悪く、否定の言葉は尻切れだった。




「だから、」と、ジョニーは開いた距離を詰める様にして歩み寄る。


触れた頬は、戸惑うほどに柔く、滑らかな曲線だった。



「泣くなよ、

「・・・・泣いてないです。」

「そうかい?」

「・・・・・そうでもない・・・・かも」




ボソボソと返したその言葉を、ジョニーは笑い
は赤い顔で涙を拭うと、ムスっと頬を膨らませた。



「不意打ちで言うんだから、ズルイです。」

「そんな事はないと思うんだがなぁ・・・」

「だって、本当にいきなり。」

「そうだったかい?」




不貞腐れたまま言うに、飄々とジョニーはいう。

そして、再びその髪の毛を撫で「そうむくれるなよ、」と言うが
その口元が未だに楽しそうなのだから、の機嫌は
中々治ってくれそうに無い。


「そんな事よりも、な」

「・・・・・・なんですか」

「お前さん、答えは返してくれないつもりかい?」

「・・・・・・・・・・・・。」



ものすごく嫌そうな顔をされて、困る。



「・・・・・・察してください。」

「無茶苦茶だな、相変わらず」


そりゃ難しいだろ、幾らなんでも。


言ったらは逡巡して、「むぅ、」と一言呟いた。



「一回だけ、です」

「ああ、それで構わないさ」



これから先、何回でも言わせてみせるから。


だから今は、一回だけで構わない。



「――― 大好き、です」



藍がゆっくりと、漆黒に抱かれていく。




                                               ――fin....




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