ああ、できる事なら



彼の隣を――――・・・・・・








略、神様へ












あったかい、なぁ…


ポツリとした呟きを、彼は器用に掬い上げて、振り替える。

ようやく、といった所でしょうか

笑う彼に、少しだけ苦い笑いを返した。


5月に入っても、まだコートを手放すのが躊躇われる陽気が続き


寒い毎日を縫うようにして訪れた、ようやくの夏日。



この日を逃してなるものか、とでも言うように
まだ若草色に芽吹いたばかりだった緑達が、一斉にその色を濃くした。


太陽の光をキラキラ弾く鮮やかな木々は、ようやく冬を通り越した気分にさせたが、
何せ昨日までは日中も肌寒く、日が暮れれば気温一桁だったのだ。


ようやく訪れた冬の終わりの兆しが夏日では
些か春を置いてきてしまったような気持ちだ。


それでもようやく、淡い空に
緑の映える季節がやってきた。



ようやく、風に乗る香りが、花々の咲き誇る華やかなソレに変わった。



それだけでも心が弾むのは、もはや日本人の性なのだろう。



ともすれば、原因は目の前にいる、日本その人だ。

文句の言い様は、まぁないだろう。


気持ちの良い陽気に、強いて言えば風が強いのが難点か。

色濃くする木漏れ日は、急かされるようにそのステップを軽やかに素早く踏む。



それでも前日までの身を縮めてしまうような風に比べれば
それも許容範囲内なのだから、季節を楽しむ日本人、恐るべし、だ。


別に四季とか、節句とか、特別意識する事もないような無頓着の私でも
そんな風に思ってしまうのだから、染み付いた国民性と言うのは侮れない。



むぅ・・・っと諸悪の根源とでもいうようなその背中を見つめる。



――別に、本当にこの人が悪い事というワケではないのだが。



菊さんは、しばらくその視線に
気付かないように歩いて――歩いて――歩いて――



白旗を上げる様に、両の手を振って振り返った。


「あの、さん。どうされましたか」


背後からそう殺気を向けられると、私としましても心中穏やかではないのですが。


「いえ、別に殺気を向けた覚えは無いのですが。」


強いて言うなら、少々恨みがましい目線を向けていました。


多分ソレが宜しくないのだと思うのですが・・・・。



言われてしまっては、はぁそうですか、と答えるより他にない。



「ただ、ですね。そんなに自国愛とかあるわけじゃなくても
 国民性って影響強いんだなーとか、思っただけです。」


「また、随分と唐突ですね。」


「はぁ、まあ、自分でもそう思います。」



一応自分の思考の中では、ある程度のストーリーがあったのだが、
それ最初から丁寧に説明するのは大変面倒なので、そんな言葉で誤魔化してしまう。


結果、菊さんが苦い表情をするのも無理は無い事で、
それを承知している自分としては、その場を笑って誤魔化した。


波風立たせようとしないこの辺りにも、どうにも国民性を感じて
心中はなんとも、あまり穏やかではない言葉が応酬し始める。


「いやそうじゃないだろう」
「別に喧嘩売る事でもないけど何かそうじゃないだろう」
以下省略。



けれども、一先ずは会話に一区切りが付いたから、だろうか。



菊さんは、「では、先を行きましょうか」と言って
止まっていた足を再び進める。


別に意識してとかではないのだろうが、
菊さんは必ず、私の数歩前を歩いていく。



そして私は、それを少し早足で追いかける。



男女平等を声高らかに宣言するようになってそれなりに長いが
彼の何千歳と言う年には、まだまだ及ばないせいだろう。


気遣いの人・菊さんだが、まだ少し男尊女卑の名残が見え隠れする。



けれども自分は、所謂『イマドキの子』な訳で


けれども自分は、無意識にそうなってしまう位『日本人』な訳で



彼の隣を歩くには足りない勇気で、大人しく数歩後ろを早足で保つ。




ああ、できる事なら



彼の隣を、歩きたいのに。




―――前略、神様へ




・・・・はて、日本人は一体、どの神様へ願えばいいのだろう。




こうも無宗教国家というか、多宗教国家と言うかは、
他国では類を見ない。それもまた、日本の国民性であるのだが



・・・まあ、いい。



とにかく、どこぞの神様へ。



どうか、どうか今だけで良いから


これが叶うのであれば、何処かの宗教信じても良いから


どうか、どうか、今だけ


私に、味方してください。




「あの、菊さん!」


「・・・・はい?」


「折角の、お天気ですし・・・・手とか、繋ぎませんか」



菊さんは、少しだけキョトンとした。


―― ああ、神様。今だけで良いんです。

―― だから味方しろ、コノヤロー。



「そうですね、折角のデートですし。」



そう言って、差し出された手の平を


私は真っ赤な顔を隠しようもなく受け取りながら。



先程よりも、随分とゆったりとした歩調になった彼の隣を
今度は私も、ゆったりとした歩調で着いて行く。



神様、どこぞの神様、ありがとう!!



都合の良い日本国民の私は、そう強く、
何処の神様とも知れない神様に御礼をして


また、はて、と首を傾げるのだ。



―― 願いを叶えてもらった私は、一体お礼に、何処の宗教を信じる事になるのだろう、と。


そうして、日本人故の優柔不断さで覆い隠しながら
また困った時には、どこぞの神様へと頼ったりする。


どうにも私は、この日本と言う国に、染まりきっているらしかった。



――― 色々な意味で、だが。