星が落ちてきそうな、真夜中のこと。


同室のフィリアがすっかりと夢の中なのを確認して、
はそっと部屋を抜け出した。

季節はまだまだ残暑が厳しいはずなのだが、
夜になればさすがに冷え込むこの地域。


久々の宿屋での睡眠だった。


それならば、これでもかと言うくらいに惰眠を貪りたい。


そんな欲求を掻き消してまで部屋を抜け出したのは、
聞き覚えのある弦楽器の音が、フと、開けたままだった窓から入り込んできたせいだ。


本日の寝宿を飛び出して、音を頼りに適当に街の中を歩き回る。


暗闇の中でも目立つ道化の姿をしたその人は、
街の中をサラサラと巡る水場の淵に静かに腰掛けて、
いっそ夜の中に消えていくんじゃないかという程繊細な表情で
切なそうな音色を奏でていた。


カサリと、落ちた葉を踏む音にでも気付いたのか、音は中途半端なところで止まり
月明かりに滲む瞳で、ゆっくりと自分の姿を捉えた。


「よお、
 どうしたんだ?こんな時間に。」

「うん、どうしたって事もないんだけどね。」


隣、座ってもいい?


問いかけると、構わないぜ、とほんの少し、スペースを譲ってくれた。

ありがと、と、静かにその好意に甘えさせてもらう。


「寝られなかったか?」

「ううん、そう言うわけじゃないけど。
 聞き覚えのある音、聞こえてきたから。」


ジョニーの歌を聴きに来た・・・って言う理由じゃ、駄目かな?


伺うように問いかければ、ジョニーはきょとんとした後に
クツクツと楽しそうに笑みを返した。


「中々嬉しい事言ってくれるな」

「ってワケだから、私は気にせず続きをどうぞ?」


小首を傾げて、どうぞーと聞く態勢に入れば、
ジョニーは、それじゃあ、と、下げていたリュートを再び持ち直す。


奏でる音は先ほどの途中からで、低い声が
静かに夜闇に染込んでいく。


伺うように見たその表情は、
「道化のジョニー」なんて、とてもではないけれども似合わない。


とても真摯な眼差しで、切なそうな表情で


見つめる先は、遠い空にある月だったけれども、
思っているのは、きっと別の人なんだろうな、なんて


余計な詮索は止めようと、そっと目を閉じて
心を歌のほうへ傾けたけれど、思いがけずに歌は示し合わせたように止んでしまった。


「どうかした?」

「あー・・・何ていうかなぁ、」

「?」

「お前さんがそんな顔してるのにな、
 暢気に唄ってる場合じゃないだろ・・・ってな。」


言って、クシャっと髪を撫でられる。

大きな手の平に長い指先が、優しく髪を梳いて温かい。


どうかしたのか?なんて、


聞いてくる低い声が、心地良い、けど・・・・



「・・・・・ねえ、」

「ん?」

「嫌な顔されそうな事、聞いても良い?」

「・・・・・・・・・内容にもよるな。」



言ってみ?と、綺麗な金色の髪をサラリと揺らして
彼は覗き込むように尋ねてくる。


はほんの少し、その視線から逃れるよう瞳を揺らすと
酷く端的に、彼に尋ねた。


「エレノアさんって・・・・どんな人だった?」

「・・・・・・・。」


尋ねた自分に、ジョニーは嫌な顔はしなかった。

けれども、酷く困ったような顔をした。

ああ、聞かなけりゃ良かったかな、なんて後悔をした所で、
それでも言ってしまったのだから、
良かれ悪かれ、彼の答えを待つしかなくて。


ジョニーは小さく息を吐いて、また、月を見上げた。


「そうだな・・・・」

「う、ん・・・・」

「・・・・気の強い女・・・だったよ、アイツは。」


ジョニーの言葉に、ハっとした様に顔を上げる。

まさか、答えを返してくれるなんて、思っても見なかった自分は、
そんな驚きがそのまま表情に出ていたらしく、月から視線を外したジョニーは
ほんの少し苦笑を孕んで自分を見つめていた。


それでも彼は、静かに瞳を伏せながら、
懐かしそうに、彼女の事を紡いでくれる。


「昔からそうだった。
 自分の意見はハッキリ言うし、その上曲がった事が嫌いでな。
 よく家を抜け出してフェイトと馬鹿やっては、アイツに怒られるんだ。」

「昔は、結構やんちゃだったんだ?」

「そりゃあまあ、遊び盛りのオコサマだしな?」


それでもまあ、結局は俺たちがエレノアを言いくるめて、
仲間に入れ込むんだけどな。


「・・・・一回な、誰にも言わずフェイトと2人で森に出掛けた事があるんだ。
 別に何をしたわけじゃない、怪我して帰ってきたわけでもない、けど
 丁度その日の午後から、大雨が降って霧が巻いたんだ。
 まあ、当然のように俺たちは戻ってきたわけだが
 行き先も言わずに出て行ったせいで、散々心配されたらしい。」

「その時も怒られたの?」

「散々ったらなかったぜ。
 泣くわ怒るわで手の付けようがなくてな。
 あれ以来、親にすら行き先を言わないのに、エレノアにだけは
 俺たちが何処に行くのか、何時に帰るのかまで絶対に言うようになっちまった。」


ジョニーは笑う。

懐かしそうに、けれども、寂しそうに。


フと伏せた瞳は、闇夜のせいでよく見えなかったけれども
微かに、泣きそうに揺れていた。


パっと顔を上げた次の瞬間には、
彼はいつものように、掴み所のない柔らかな笑みを浮かべていたけれども。


「やっぱ、こういう話は辛気臭くなっていけないな。
 悪いが、こんなもんで構わないか?」

「うん・・・・むしろ、話してくれた方に驚いた。」

「そりゃ、どこかのお姫さんにそんな顔されてたらな。」


ポンポンと、頭の上で軽く跳ねる手の平。

どこかの、なんて遠い言い回ししながら、態度は実に正直だ。

は、「あーあ、」なんて息を吐く。


見上げた月は、高くて遠い。


「きっと、素敵な人だったんだろうな・・・・」

「ん?」

「エレノアさん。
 ジョニーがそんな顔して話すんだもん、絶対に良い人だよ。」

「・・・・・・・。」

「だから、ちょっと羨ましいんだ。
 情けないけど、やっぱ嫉妬しちゃうよ。」


不謹慎、と言えばそうなる。


けれども、亡くなった彼の大切な人に、どうしても勝てる気がしない。


ジョニーは、驚いたように目を丸くして、
けれども、思いがけずそっと、の肩を抱いて軽く引き寄せた。


凭れ掛かった彼の胸は、微かに温かくて心地良い。


「羨ましい、か?」

「うん、」

「そうか・・・・・」


その問いかけの後、少し間が空いた。

そして、「けどな、」とその少しの間の後に紡がれた言葉は
低い響きの中に、微かに甘さを含んでいた。


「きっとお前がそうなった時にも、
 俺は多分、こんな風にして話すんだろうさ」


言って、驚く間もなく彼の両腕に抱かれる。


温もりと、しっかりした腕の力に自然赤くなる顔も
けれどもきっと、彼には見られていないと思う。


耳元で尚続けられる言葉に
気付かれてはいたかもしれないけれど・・・・


「だがな、お前さんはそうなってくれるなよ」

「え・・・・?」

「懐かしんで、思い出を語るしかなくなっちまう様な・・・
 そんな風には、なるな。
 周りが羨むくらい、愛してやるから・・・・
 だから、ちゃんと隣にいてくれよ、


そこまで言われて、ようやく彼の言いたい事を理解する。


うん、と静かに頷いて、彼の背中に腕を回した。


彼の腕と同じように、強い力で、思いが伝わるように。


「大丈夫。私、ちゃんと此処にいるよ。
 ジョニーの隣にいるから・・・・いなくなったりしないから・・・・」


彼女の話を聞いても良かったのか・・・


未だにそれは、わからない


亡くなった彼の大切な人には、やはり勝てる気はしない。


けれども―――・・・・


自分はちゃんと、彼に愛されてるんだろうな、なんて


ようやくの様にして思う自分は、少し罰当たりなのかもしれない。


だから、それを返すように
彼の背中を、ただずっと抱きしめた。


それからしばらくして、そっと体を離したジョニーは
ほんの少し笑って小さく口付けると、すっかり下ろしていたリュートを取り上げた。


「そう言えば、歌を聞きにきたんだったな?」

「うん、」

「何の歌が聞きたい?」

「ジョニーの好きな曲なら、何でも」


言ったら、ジョニーは「そうか」と、笑って見せた。


リュートの音が、優しく響く。


今度こそ、は聞くための態勢に入った。


―― 彼が、周りが羨む位の愛をくれるなら


自分は、ほんの少しでも良い

彼に、ほんの少しだけ、幸せをあげられるように


これからは、そんな2人になれたら良いと


思ってそっと、彼の肩に頭を預けた。


高くて遠い、月が見ている。


落ちてきそうな星が瞬く夜の下


深い眠りに就いた町に、ひとつ


甘いラブバラードが、響いていた。









遥かくで、昔の
「幸せになってね」と、微笑んでいる気がしたんだ

- CLOSE -





しかし困った事に、まだTODクリア出来ていない罠・・・orz待
ツンデレ萌ですが弱いのは兄貴属性らしいと判明しました。←