「暇だぁ…」


ただ、何となく


何をするわけでも無しに
遊園地構内を行き交う人々を眺めていたら


嫌でも目につくピンクの髪が
スルリと隣に腰を下ろした。



「何してんの?」



小首を傾げて問い掛ける。


その様は可愛いと言っても間違いは無いのだが
どちらかと言えば、動物的なそれだ。


そしてそれ自体も間違いなく
彼の頭には、髪と同じ色の耳が付いていた。


別に遊園地の為の仮装と言うわけではない。


その耳はちゃんと彼に生えていて
彼は間違いなく『猫』なのだ。


ちょっとばかり大きくて、
人間の男の様な姿をした、猫。


「なーんにも。
 暇だから、ぼんやりしてたの。」


結構気持ち良いよ?と
問い掛けに答えると、ボリスはうん・・・っと伸びをした。


「確かに。気持ち良いけど、
 こうあったかいと、眠くなるよなー」


ゴロゴロしたい…と、目元を擦る。


暇ならすれば?と言うけれど
1人じゃつまらない、と不満を言われてしまった。


「それ、暗に一緒に寝ろって言ってる?」


「暗にじゃなくても言ってるの。
 芝生の方行ってゴロゴロしよーぜ?」


どうせ暇だったんでしょ?とボリス。


まぁねぇ…と生返事な自分に、やはり不満顔だ。


「それとも、何かあんの?」


言われて、そうじゃないんだけど、と答え


イマイチ要領を得ない自分に
短気な彼は、少し苛ついている


そんな様子に苦笑しながら、
だって、と視線を持ち上げた



「ここの方が、綺麗だから。」

「何が?」

「桜。」



自分の視線を追った先には、
花を付けて重たそうに揺れる桜がある。


遊園地と言う場所で、行き交う人々こそ多いものの
気に留める人はどちらかと言うと少ない。


目の前の非現実的な世界に夢中で
すぐそこの現実は、むしろ倦厭されているかの様だった。


けれども、そんなぽつんと立った花の咲き様は中々に見事で
自分は、非現実的空間の中の現実をそれなりに気に入っていた。



「あるのね、春。」


補うなら、『この世界に』だ。


それを理解した上で、当たり前だろ、とボリス。


そうだね、と返したけれど、
きっと彼はその心中を余り分かってない。


このたくさんの事が違いすぎる異世界で
微かにある、共通点


春があり、桜があり


そしてそれは、当然の様に咲き誇る。


当たり前な、けれどもそれは、間違いなく共通点だ。


話の食い違う事の多いこの世界で
同じ様に語れる、共通点――・・・



「好きなの?桜」

「だって、綺麗じゃない。・・・嫌いなの?」

「嫌いじゃないけど・・・なんか、退屈だ。」



そんな心中は解せずに
くぁっと欠伸をしながら言われて、苦笑した。


別にバッサリ捨てられて
怒るような性格でもないが、寂しい位は思ったりする。


ついでに、お前は自分の好きな物を分かってもらおうと
散々嫌いな銃を触らせたくせに、とか。


思ったりは・・・・・ちょっとだけ。


まぁ良いや、


言ったのはボリスだった



「アンタがここが良いって言うなら、ここで良いよ。」


言いながら、ゴロンと了承も無しに
膝の上に重みが乗った。


何だかな…と、やはり苦笑が口許を弛ませる。


やはり彼は猫だ


こんな状態で、確かに甘やかではあるが――・・・


どうしてこんなにも、
懐いて甘えてくる野良猫を彷彿とさせるのか・・・


生憎我が家では、アリスと違って猫は飼っていなかったが
よく家の庭で日向ぼっこしていた猫が、たまにこんな感じだった。


クツクツと笑だした自分に、
何?と閉じていた瞳を開くボリスは


けれども何も言っていないのに、
へぇ・・・と満足そうにした。


今度は此方が何?と首を傾ぐ番だ。


ボリスは、黒く、然程長くもない自分の髪を、
わざわざ手を伸ばし触れてきた。



「いいよ・・・」


「何が?」


「桜は退屈だけど、この景色は悪くない。」


「?」



何なの?と怪訝顔の自分を
甘える様に、足の上で丸まりながら


照れたような、頬。



「見えるんだよ、此処からだと。
 空と、桜と、アンタの顔が、一緒に・・・」



春の淡い水色の空と、薄く長く伸びる雲


咲き誇る桜は重たそうに揺れながら・・・



そしてそれらと共に、彼女の顔が映る、



意味を解して頬が熱くなると
ボリスも微かに朱の上る表情のまま笑んだ



「アンタ、桜好きなんだろ?」

「え?あ、う、うん――・・・?」

「アンタがいるなら、俺も好きになれそうだよ」



アンタの好きな物。


言って、ニッコリ笑われて

ポカン、とした自分は


けれども少ししてから「何か不純ー」と笑って


「何だよ、
 興味ないより良いだろ?」


「えー?それはそれで何か複雑・・・」


「良いの!」



それより、アンタも俺の好きな物、好きになってよ


言われて、
丁重にしっかりとお断りしておいた。


申し訳ないが、銃器だけはちょっと受け付けない。


いや、でも双子の刃物もちょっとアレだが――・・・



そんな何か不穏な葛藤が脳内で繰り広げられ
一人悶々としたりするちょっと違った方向に進みつつ


けれど――


「分かってないな・・・」


彼は、笑う


何処か猫らしい
けれども男の子らしい笑みで



「俺が今大好きなのは、アンタ。」



大事にしてよね、アンタの事さ。



言われて、また暫く呆ける羽目になった。


クスリ、と少しして笑みをこぼし、
ボリスの触れていない方の髪をサラリと耳に掛け、覗き込む


「ボリスも自分を大事にしてくれたら、ね」

「分かってる。
 怪我とか、しないようにするから・・・」


少しは。


後に続けやがったその言葉に
一発頭にお見舞いして


膝の上で悶える彼を冷ややかに見ながら・・・



「芝生の方、行こっか。」

「へ?良いの、桜?」

「ボリスいるし、いいよ」



でも、また今度


今度は、アリスも呼んでお花見でもしながら来ようね


言うとボリスは、どこか納得してなさそうに頷いて



悪戯っぽく、笑う。


――いつもの彼風に言えば、アレだ。



「ボリスがいるなら、何処でも良いんだ、本当は」



不意討ちに桜色に染まった彼の顔に


何だか彼の頭をひっぱたいてやった時より少し


してやったりな気分になった。





You're someone to me!
(だからどうか、いなくならないでね)
(その時には、これ位じゃ許してあげないんだから)
(貴方を大好きな私がいること)
(どうか忘れないでいて)

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