思えば 誰かをこんなに愛せるとは想わなくて

思えば 誰かをこんなに愛するなど



愚かだった





アーティチョーク

胸に抱いて



陽の落ちる木陰の元で、話をした。
どんな内容だったかは、よく覚えていない。

ただ最後に、彼があんまりにも意気地が無いから
少しだけ、怒ってやったのを覚えてる。

彼は驚きに目を見開いて、
それから驚くほどの笑顔を向けてきた。

日の光を浴びて、白髪がキラキラ光る。


――キレイ


その表現がピッタリだった。

それから、彼はなんと言ったのだったか・・・



『貴女が言うなら、変われそうな気がしますね』


次の任務から帰ったら、
少しでも変われるようにと。


そう言っていた。




けれども、何故今、それを思い出すのだろう。


嗚呼これは、何か・・・




悪い、夢だ。







空が泣いていた。
風が鳴き声の役割を果たして、曇り空は泣き叫んでいる。
時折走る稲妻は、道標にしては、少々強すぎる光だった。


荒い息遣い。


獣の様に森の中を走る。

視線を森中に張り巡らせて、目的の人を探した。



どうして―・・・

自分は、その手を掴んで引き止める事ができたのに。


彼がノアから標的にされていることを
自分は知っていたのに


何故・・・・



「なんで、一人で行かせたのよ・・・私・・・・っ」


今更自己嫌悪なんてバカらしい。

それよりも、五感を研ぎ澄ませ。

少しの息の音も、衣擦れの音も聞き逃すな。


彼はまだ、生きている


そう、信じてる―・・・・・




「っアレン!!!!!」




大声を森中に響かせる。

時折、飢えた獣が襲ってきた。

喰われてやる義理も無い。

イノセンスを武器に、獣を蹴散らした。

その獣がどうなったかは知らないが、
とりあえず、もう2度と起き上がることは無さそうだった。


構ってやる暇はない。


気に掛けるべきは、返ってこない大事な仲間の存在。



カサリと、音がした。


獣かと武器を構えて、すぐに降ろす。

白髪が地面に散る姿は、確かに彼だった。


「アレンッ!!」

「っああ・・・・・・・ですか・・・」

慌てて駆け寄り抱き起こすと、
アレンは苦痛に顔を歪めて名を呼んだ。

肺か何処かにでも穴がいたのだろうか、
呼吸をするごとに、ヒュゥヒュゥと、何かの抜けていく音がした。


「アレンッ!アレン、ごめんね!!
 一人で行かせるべきじゃなかったっ」


土砂降りの雨が、肌に付いた土を流して
あの日キレイに輝いた白髪が、肌に纏わり付いていた。


目は、何処か虚ろ。


今まで戦場にいた自分が、直接頭に語りかけた



彼ハ、モウ助カラナイ―・・・・



今まで彼の仲間だった自分は否定する


彼ハマダ、生キラレルハズ



余計な思考を振り切ってアレンの体を持ち上げようとするが
力の入らない彼の体は重く、水を吸った団服が更に重みを増している。

持ち上げる、と言う行為はムリに等しかった。

それなら・・・・と、
思考をすぐに切り替える。


「っアレン、待っててね。
 今、ラビたち呼んでくるから!大丈夫、すぐに助かるよ?」


気休めの言葉を吐いて、それでもと立ち上がる。
けれども、長い団服の裾をアレンが掴んだ。


「アレ・・・・」

「此処に・・・いてください。」



弱々しい声で、何処からそんな力が湧くのか
しっかりと服を掴んで


「きっと、間に合わないから」


悲しい言葉を、吐いた。


「何言ってるの・・・・?
 大丈夫・・・・だってば。すぐにみんなが来て、傷の手当して・・
 そうすれば、すぐによくなるって!!」


嘘も良いところだ。

彼はもう助からない。

分かっているはずだ。


雨を体全体で受けながら、アレンは微笑んでいた。
落ちてくる雨の雫を、その瞳は映している。

彼の血液が、薄く染まって土に染みていく。



は・・・優しいから・・・。
 でも、嘘は下手ですね。

 ・・・・・・此処に、いてください。
 最後のお願い・・・ですから」


なんて縁起でもない。

けれども、言い返す言葉を見つけられない。

仕方なく、は再びその場に座り込み
アレンの体を抱きしめるように起こした。


アレンが苦しそうな息を吐く。

雨は体温を奪う。

彼の命が確実に削られて

私は・・・・


何も、出来ない



「アレン・・・・」



死なないで、なんて言ったら、酷でしょうか?


もう残り僅かなあなたの命を、目の前にして―・・・・




「・・・っ・・・・」


「ぅん?」


「約束・・・・・」


「約束?」



彼の呟く言葉を、繰り返し呟く。



「『貴女が・・・・言うなら、・・・変われる・・・気がする・・・』
 この任務、が・・・終わったら、変わる・・・って。」



苦しそうな息。

それから・・・・


謝罪の言葉。



「守れなくて・・・・すみません・・・・・」


「っいい・・・・から。
 気にしなくて、いいからっ」


お願いだから

そんな言葉よりも、

ねえ、もっと

言いたい事はたくさん、あるはずでしょう?



・・・・最後に、一、つ・・・・だけ」


「・・・何?」



滲みかける視界を無理矢理開かせる。

最後の一瞬まで、彼を見ていなくていけない。


それが、義務の様に感じた。



「せめて・・・・最後、位は・・・・貴女に・・・
 ”意気地なし”、なんて・・・言われない、ように・・・・」




風が唸る。

空が泣いてる。

森の闇は濃くて冷たい。


此処は寂しい。



けれども、嗚呼・・・


布越しに感じる、貴女の温もりだけが、愛おしい・・・・



「『好き』です・・・・」



貴女は今、どんな顔をしていますか・・・?



・・・・



驚いて、いるの・・か、な・・・・・



「それだけが・・・言いた、か、った・・・・」


せめて、答えを聞いていきたかったけれども・・・



「っなんで・・・・」


何故今言うのだろう


彼は少々酷だ。


この状況で、これは酷い。


この状況で、微笑んで言う言葉ではない。



涙が溢れて、彼の顔が見えなくなりそうだ。



その頬に触れて

もう冷たい


抱きしめて


感じること無い温もりを



「誰、よりも・・・愛して・・・い・・・ます」


心に刻み付けて痕を残すように、
何度も何度も繰り返す。


伏せた瞳に、空の涙が濡らす。


血は未だ僅かに水溜りに広がっていたが
血液を送るべき心臓が止まっては、何れそれも、止まるだろう。


頬を伝う雫は、既に雨なのだか泪なのだかわからない。


貴方の愛を刻み付けられて、心の流した血が
溢れて泪になったような気がした


ソっと、冷たい手が頬に触れて、泪を拭う。
人としての体温が、もう宿っていない。



「こ、れで・・・もう・・・
 意気地なしなんて・・・・・言、われない・・・と、
 いいんです・・・・け、ど・・ね」



言って、微笑んでいた。
この状況で笑う、君の気が知れない。



「バカっ」



精一杯の絞り出した声で、悪態を吐く。


まだ、彼には聞こえている。

光が薄れた目で、ソっと見上げていた。


君はもうすぐ、空に向かう。



雨が邪魔だ。



強い稲妻は、せめて道標になれば良い。




「せめて、答えくらい聞いていきなさいよ・・・・。
 意気地なし」


言ったら、苦笑した。

聞きたいのは、そんな言葉じゃないのにと・・・

わかってる。


ただ、素直に言うのが癪だっただけで・・・・


「変わらなくたって・・・良かったわよ・・・。今更・・・。
 どんなアレンでも、私は・・・・」



私は、貴方が好きだった―・・・・


そう言ったら、あの日の様にきれいな笑顔が返ってきた。
頬の手が冷たい。


唇が、僅かに動いていた。

口元に耳を近づけると、微かな息遣いと共に
紡がれた言葉―・・・・




” あ り が と う ”




たった、その一言。

スルリと、頬から手が滑り落ちた。


君は、雲の向こうの星に向かう。


今はまだ、泣いてあげない。


ただ、貴方が星についたなら


私は独りで、泪を流しましょう。



「・・・・・酷いやつ」



貴方の事を、忘れられるでしょうか。


せめて強く、生きられるでしょうか。


私は、貴方の残した傷跡を胸に抱いて


貴方の分も、生きなくちゃいけないのに――・・・・



ねえ、それでも私は



「愛して、イル・・・・・」



過去のものにしようとして、止めた。



きっと一生、この感情は過去にならない。


雨にぬれる冷たいその額に、そっとキスを落としてあげた。


君は空に向かう


雨が邪魔だ。


稲妻が、せめて君の道標になればいい。


貴方が星になったのなら


私は独り泣きましょう


貴方を愛した傷痕を想って


私は独り、啼きましょう




                      ―fin...





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