例えば 明日 僕が消えて


君はどんな顔をして


僕の柩を見下ろすだろう


せめて君が

昨日の何気ない一瞬を


想い出してくれれば良い










ねた手の平は
熱く 熱く








雨上がりの空を見上げた。
少し錆びた街の中、君もその行為に従う。
空を僅かに覆う分厚い雲は、先ほどまでの土砂降りと共に、
遠くの山の向こうに消えようとしていた。


「ふぃ〜・・・やぁっと止んだサー。」


雨宿りに使わせてもらった。末枯れた天幕から顔を出して。
少し疲れたような息を吐いた。


外に出て、少しした時に突然降り出した雨は中々止まず、
約2時間程の時を任務の聞き込みも中断して、この天幕の下で過ごす事になってしまった。


何気ない会話を並べはしても、本来の目的を果たせないのは
少なからずストレスになる。


「よぉーし、んじゃー聞き込み開始ー。」


同じく天幕の下に入っていた少女は、グッと固まった体を伸ばした。


「んっとに、何でいきなり雨が降るかねぇ・・・
 ラビってば、雨男?」


「なんで俺なんサっ!!
 俺、どっちかっつーと晴れ男だしっ。
 こそ、雨女なんじゃねーの?」


「なにおぅっ!?
 この100発100中の晴れ女に向かって何たる物言いよ!!?」


疑う目で言ってやれば、疑う目で返って来て、
心外だっ!と怒鳴れば、笑いが返ってきた。

何故笑われなければならないのかと問えば、
単純だ、とでも言うように、頭に手を置かれた。

大きくて、熱を持った手だ。


が面白いからっしょ?」

「さっきから失礼だ!!」


噛み付く勢いで言って、尚笑われる。
髪の毛を乱す手を力いっぱい退かしてやって、その赤毛を睨んだ。


「上目遣いで睨まれても、可愛いだけサー」

「あー悪かったね!アンタよりチビで!!」



それでも、ラビよりデカくなりたいとは思わない。
この身長で満足・・・と言うわけでは無いが、キライじゃないし

第一、この人よりも大きい女の子ってどーなのよ?とか、
内心ツッコんでみたりする。


「あーもームカツクなー。
 絶っ対っ、いつか負かしてやる」


飄々とする彼は掴み処が無くて、
口癖の様に、毎回言ってはみるけれど、
その”いつか”が来る事は、なかなか無い。


「いつ来る事やら」


ラビは苦笑にも似た溜息と共に言った。


「い、いつか・・・だよ」


言われてしまって慌てて言ってみるも、
流石に自分でも情けなくて、語尾消失。

するとラビは突然、真面目めいた声で言った。


「じゃあさ、明日俺が死んじゃったら、どーすんの?」


その言葉があまりにも唐突で、思わず歩いていた足を止めた。


「アクマと戦って、もう意識が戻んなくなったりして。
 在り得ない事ではないっしょ?」

「・・・あのー、ラビさん?
 なんか頭ぶつけたりした?変なもの食べたとか?」

「なぁ、どうすんの」


いつも通りの返しをしてもラビは真面目を変えなくて、
その瞳があくまで本気で、は一瞬言葉に躊躇い

それから、その目を真っ直ぐに見た。



「やっぱり、バカでしょ、ラビ」


あまりにも真面目な顔をして言ってやったから、
ラビは唐突にガクーっと体の力を抜いて、
項垂れる事を通り越して、その場に座り込んだ。



「あんのなぁ・・・、人が真面目に言ってんのに・・・・」



往来の邪魔じゃないかしらと、辺りをキョロキョロするに、
ラビがはぐらかされたことに対してか、多少イラついたような声を出す。

その声に、未だ道の真ん中に座り込んでいるラビを
『なんだコイツ』と言わんばかりの目で見下ろした。



「ラビが死んだらアンタの負けで、私の勝ちなの?
 そんな野暮っちい事、ラビはしたいわけ?くっだらない」


あまりにバッサリ切られたから、そりゃそうだけど・・・と、ラビは口篭る。

通り過ぎる人々が、座り込む男と見下ろす女の奇妙な図に、
何事かと振り返り通り過ぎていく。

そんな中、を見上げたら、彼女は口端を吊り上げて、強気な笑みを浮かべて見せた。


「ラビが死んだら、油性マジックで落書きして
 見れないような顔にしてやるわよ。」


ハンっと、鼻で笑って言った彼女に、なんだか自分の問いかけは
本当にくだらない事だったような気がして、
頭を乱暴に掻きながら、ラビはスクッと立ち上がった。


「・・・・・どんなにしても、・・・・か。」


どんな答えを期待したんだか、とラビは肩を竦める。

結局、彼女にその質問をした自分が、何よりずっとくだらなかった訳だ。


なんだかドッと疲れた気がして、ラビは息を吐いた。




「つーかもう夕方じゃんっ!
 聞き込みもしてる時間ないサ!!」




ハッと気付けば、雨上がりの湿気っぽい空気だった周りは
カラリと乾いていて、地面の水溜りは朱い空を映している。


チラホラ見受けられた人込みは、いつの間にか
1人2人歩いているのみになっている。

その変わりに、家々からは灯火の明かりが僅かに漏れており、
夕食でも作っているらしい匂いがしてくる。


「話し込みすぎた・・・・
 ・・・・しゃーねぇ、とりあえず・・・・ってぉおっ!?」


あちゃーとか言って少し歩き、彼女の隣を通り越したら、
マフラーを引っ張られて首が絞まると同時に、後ろに仰け反った。

ぶっちゃけ、結構苦しい。


「あ"、あ"の"・・・?」


「・・・・・・言っとくけど」

詰まる声で紡いだ声は、掠れてガラガラで、
その声に消えてしまいそうな声を、自分より小さな体を背伸びさせて
耳元で言葉にした。



「死んだら、許さないから」


「・・・・・へ?」



その言葉は、あまりに予想外で、放されたマフラーを緩めて、
息を肺に入れ込みつつ、その姿を見つめる。

少女は夕日に染まる顔でいつも通りの笑みを浮かべて
ラビの横を通り過ぎて伸びをした。


「ほーら、晴れた!
 前言撤回しなさいよ?ラ・・・・」


雨女なんかじゃないでしょ?そう言った彼女が
いつもと変わらない調子でそう言うから、なんだか居た堪れなくて、
ラビは後ろからその体を抱きしめて、触れるだけに近いキスを落とす。


、あんさ・・・・」


馬鹿なことを言って悪かったと、言おうとしたら、
今度は彼女からキスをされた。


呆然としているうちに、彼女が、僅かに濡れた様な目で、
睨むように見上げていた。


「明日いなくなってたりしたら、許さない。
 ・・・・一生、許してなんかやらない。
 ラビの事で、見っとも無く泣くのなんか、御免よ」


そう言った、彼女に思わず吹き出した。

はそんなラビの鳩尾にグーでパンチを食らわせる。


さっきの弱々しい態度は何処に行ったのか、
が指を鳴らしたら、ボキボキっと良い音がした。




「いーい度胸だ」

「スミマセン・・・・」



君が自分の死を悲しんで泣く所なんて、
野暮な想像をしてしまって−・・・・


彼女が泣かないで、こうやって馬鹿な話をしていられたら
きっとそれが幸せだ。


それでも、それが叶わないことだとお互い知っているから



馬鹿な話の後、夕日を見つめて宿に戻りながら
なんとなく繋いだ手の平は、熱く、熱く


その一瞬を、肌に焼き付けた。



                      ― fin,,,





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