君の傍に居たいと

そう、願った事が愚かだったなら

僕は この世界を恨むだろう



抱きしめた

温もり







背中に熱い体温を感じる。
彼女の心地良い重さを体全体で感じた。

僅かに吐息に混じるのは、アルコールの香り。


「ぅ・・・ん・・・なんかグラグラするぅ・・・・」


さして強くもないクセに、勧められるまま酒を飲むから悪い。


背中におぶった彼女を背負いなおして、ラビは浅く溜息をついた。
さっきまでの食堂でのコムイ達との乱痴気騒ぎを思い出せば、が酔って早々に
あの場を切り上げられた事は、ある意味幸いとも呼べるのかもしれない。



「ンー・・・第一、ラビってばズルいっ」


「はぁ!?わざわざ部屋まで送ってってるんに
 挙句絡むんか!?っ!」


この位重い内に入らないとは言え、労力にならないかと言えば
答えは無論Noだ。

その挙句、酔っ払いの付き合いはしていられない。
むしろソレが1番疲れる。


だというのに、はまるで聞いていないように
ラビの背中で、呂律の回らない舌で言う。


「なぁんで、同じようにお酒勧められて
 同じ様にグラス開けてったのに、ラビはピンピンしてるかなぁ・・・」


それが気に入らないようで、ムスッとした声音で言う。
グダを巻き始める彼女に、ヤレヤレと言わんばかりに息を吐くけれど、
そこんとこどうなワケ!?と、少し強めに背中を叩かれたので、
渋々答えてやる。


「そりゃぁやっぱ、ジャパニーズは酒弱いって言うし・・・・
 ユウだって、この間コムイに無理矢理飲まされて、
 メッチャ酔っ払ってたっしょ?
 人種として、それはしょうがないんサ、きっと」


どういう理屈だか自分も良く分かってないけれど、
どうせ酔っ払いに話していることだし、ほとんど理解もしていないだろう。

自分も少し酔ってるのかな・・・と、背中で唸っているを感じながら思う。


「人種からして劣っているなんて不利だっ!
 日本人のバカヤローっ」

「だあぁっ!わかったから!ちょっと黙れってっ!!な!?
 今、夜中なんサ!迷惑っしょ!?」



自分も酔っているかも知れないが、絶対にこの背中の酔っ払いよりはマシだと思う。

普段の彼女ならしないであろう廊下で出した大声は、廊下に反響して、
何処かの部屋で文句が聞こえてきたから、自分の事ではないにしろ、
心の中で誰とも知れないその人に謝っておいた。


ラビに言われて、はしばらく背中で唸っていたが
やがて、ラビの背中に凭れ掛かった。


「・・・・ラビのばーか」

「はいはい、今度は何サ」

「・・・・・・・何も言わないで、どっか行っちゃうくせに・・・・」

「・・・・・・・・」



子供をあやすかのように返せば、痛いところを付いた事を言う。
もしかして酔っていないのかと疑って後ろを僅かに振り返るも、
その表情は俯いていて、伺えない。



「ねぇ、」


「・・・・・・・・」


「行っちゃうんでしょ?何処か、ずっと遠く。
 私も、みんなの事も、全部置いて・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・そんな、事・・・・」


「ウソツキ」



僅かに震える彼女の声に、思わず紡いだ答えは
呆気なく否定されて、その続きを言えなくなる。


だって、実際彼女の言うとおりで、


全てが終わったら、自分たちは此処を捨てて、仲間も捨てて、名前も捨てて、
何処かずっと遠くのほうへ姿をくらます。

彼女だって、此処に置いていくことになる。


なるべく考えないようにしていても、
その日がどんどんと迫ってきているようで


それは人としては喜ぶべきことなのかもしれない。
良かれにしろ悪かれにしろ、
『戦争の終わり』が近づいてきている事を意味していて


けれども、その人が『ラビ』と言う名前を持つと、
とてもではないけれど喜べない。


今は困った酔っ払いな彼女は、自分の中でどうしようもなく大きくて、
それを此処においていくことは、何か、自分の中の何か大切な物を
失くしてしまう様な感覚に似ている。



それじゃ、ダメだと首を横に振った。



「そうサ」


自分は『ウソツキ』なんだ。

この名前さえも、本当は偽りで、今『心』と呼ぶものすらも、
ただ『ラビ』と言う名前の人がこの場で生活するために必要だった『ウソ』で、


だから、全てが終わったら、置いていくんだ、此処に。

『ラビ』と一緒に、彼女の事も、全部、思い出も・・・・




「ラビ、好きだよ?」



唐突な彼女の言葉に、思わず俯いていた顔を上げた。
肩越しに見やる彼女は、酔いとは関係もなく仄かに赤くて、
その目は、僅かに潤んでいた。



「スキ」

「・・・・・・・」

「好きだよ」

「・・・・ああ。」


そんな事、分かっているんだ。



「ねえ、一緒だから」

「・・・・・・・。」

「ずっと、一緒だから・・・・ね?」


そう言った彼女の瞳に、思わず、頷いた。


『タトエ、嘘デモ、今ダケハ――・・・・・』


そう、暗に言われた気がして、頷くことしか出来なくて、



、」


「ん?」


「愛してるから。
 ずっと・・・・・ずっと、一緒だから、」



背中で頷く動作を感じて、ラビは僅かに目を閉じた。

見えてきた見慣れた扉を、彼女が落ちないうちに手早く開けて、
真っ暗な部屋の中で、彼女の体をベッドの上に下ろす。


、腕放してくんないと俺が向こういけないサ・・・」


立ち上がろうとするラビに、けれども彼女の腕は首から離れなくて、
困ったように笑って言えば、眠気に僅かにまどろむ瞳で、
甘く呂律の回りきらない口調で、言葉を紡ぐ。


「一緒、寝よ。ラビ・・・・」


その言葉に、恐らく裏も表もなくて、
実際の所、蛇の生殺しもいいところなのだけれど・・・・



「はいはい、」



あまりに不安そうに彼女が言うから、思わず苦笑して、答えた。



「――――。」


彼女の温もりを、腕に抱いて、
夢に入り込もうとする彼女が呟いた言葉



ドコニモ イカナイ デ ――・・・・。



「大丈夫、此処に、居るから・・・・」



儚い望みにも似た言葉を、此処に誓おう。



「安心して、明日また、笑えるサ」


いつまで続くか分からない様な『明日』だけれど、

今はただ、抱きしめたこの温もりの隣に、居たいダケ・・・・



            ― fin...


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