その裏に 涙 小高い丘の上。 一寸先は断崖絶壁。 真っ直ぐ前は海。 夕日の綺麗な場所だ。 朱色をバックに、1つの十字架が立っている。 「・・・・・師匠の・・・・知り合い、ですか?」 質素な墓だ。 アレンは訝しげに問いかける。 十字に濃い影を落とすその下に、萎れ掛けの花束が置かれているのが、 せめてもの彩だった。 師匠であるクロスは、口元だけ笑ませて答えた。 「・・・・の墓だ。」 「え・・・・・・?」 波音のせいで、聞き間違えたのかと思った。 よく聞きなれた名を聞いた。 先日まで口にしていた名を聞いた。 「って・・・・師匠?」 その名は、彼の愛人の一人の名だ。 けれども、他の人たちとは違い、彼女は何だか小ざっぱりしていて、 『愛人』とか、そんな生々しい感じじゃなくて。 何処か、『気の良い隣のお姉さん』と言った感じだった。 そんなを、アレンは人として気に入っていた。 クロスもまた、の事を大事にしていると、 アレンには、そう見えた。 それなのに、クロスは、まるで笑えないことを、サラリと言った。 「・・・・・いつ?」 「3日前だ。アクマにやられたらしいな。」 「そんな・・・・」 知らなかった。 彼女が死んだことなんて。 全く、知らなかったのに―・・・・ 「良い場所だろう」 クロスの言葉に、ハッと顔を上げる。 夕日が、地平線に輝く筋を作る。 波もがキラキラ輝いて、綺麗だった。 「アイツの好きそうな場所だ」 そう言ったクロスは、口元に笑みを称えている。 「・・・師匠は、どうしてそうやって、笑ってられるんですか?」 愛しい人が死んだ。 その事実を前に、どうして笑っていられるんだろう。 「エクソシストをやっていれば、そんな事もある。」 クロスの言葉は、事も無気だった。 その言葉に、愕然とする自分を感じる。 結局は、その程度のものだったのだろうか。 も、他の愛人と同じで ただ、こうやって放埓する為の女達と同じだったのだろうか。 思ったら、急に怒りが湧いてきて、思わず手を握り締める。 こんなに苦しいのに。 自分は、こんなに苦しいのに。 理不尽な怒りでも、それでも―・・・・ 手を、きつく握った。 「・・・・お前にはわかるだろう、アレン」 フと掛けられたその言葉の言いように疑問を覚えて、クロスを見上げる。 口元に湛えられた笑みは、変わらない。 それなのに、その瞳だけは、笑んでいなかった事に、今更気付いた。 アレンは言葉を失う。 クロスが十字架に近づいた。 彼がいつも吸う煙草の匂いが、風に乗る。 「・・・・」 クロスの呟き。 腰から一つの瓶を取り出して、十字架の上で引っ繰り返す。 透明の液体が零れ落ちて、十字を濡らした。 それが強い酒だと気付かせたのは、風に乗ったアルコールの匂い。 「ゆっくり寝ろよ。 俺は、お前を縛らない。」 彼の呟きは重くて、アレンは黙ってソレを聞いた。 煙草と酒の入り混じる匂いは嗅ぎ慣れた物のハズなのに、 其処に一つ加わった潮の香りが、なんだかもの哀しい気がした。 「縛られずに、眠れ」 その言葉の語意は力強くて、けれども、今までに聞いたことがない位に 甘くて、優しい響きをしていた。 ― 嗚呼、そうだ そして、今更に気付くのだ。 彼が、素直に哀しいなんて、言うものか。 『エクソシストをやっていれば』なんて ”エクソシスト”を理由にしなければ、どうしようもなくなる様な そんな、無気力感。 確かに自分には、分かる。 確かに自分は知っている。 見上げた彼の瞳は、遠い何かを見ているようだった。 「・・・・・綺麗な場所ですね」 呟いた声に、クロスが此方を見やった。 「お前も、気に入ったか?」 「ええ、とても。」 僅かに切なそうに笑ったクロスを見ながら、 アレンはゆっくりと瞳を閉じた。 縛られずに眠れと言った、目の前の男の様に、 そっと、祈るように ねえ、。 師匠は確かに、貴方の事を愛していましたよ。 弟子の僕が、保障します。 波の音が一つ、暮れた空に高く響いた。 ― fin... |