世界が流転する。

遠く沈んだ想いの果てに、未だに笑っている彼女がいた。


本当に、能天気なヤツだ。


自分が死んだってのに、ヘラヘラ笑っている。


解っているんだろうか、彼女は。


「お前は、死んだんだ。」


だから今、こうして自分の手の内に、灰となった彼女の入る

小さな瓶があるのだ。






が死んだと聞いたのは、神田が別の任務から帰った直後で、
聞きなれた彼女の名に続くその単語は、何だか浮き立っていて。

その不自然な組み合わせの理解に、苦しんだ。

彼女の白い遺体を見ても、よく出来た人形を見ている気分だった。


嗚呼何て悪趣味な喜劇なのかと、溜め息が一つ、零れたくらいだ。


それでもいよいよ、彼女の体が炎に巻かれて、
やがて彼女の顔をした人形が形無く残る頃になると、
悲しみの一つでも湧いてきて。


泣きはしなかった。


ただ、遣る瀬無かった。


言い表す言葉は、言うなれば空虚で。

其処にあった微笑み、手を伸ばしても触れられなくなった事に、
どうしようもないもどかしさが在ったくらいで。

「おい、」と名前でも呼べば、「何?」と、
不思議そうにこちらを見上げる彼女がいそうだった。


いれば鬱陶しいけれど、いなければ居ないで落ち着かない。


なんて厄介なヤツなんだと、文句の一つでも垂れてやりたいが

残念な事に、死んだ人間は耳を持たず、生憎殺してやる事もできない。


なんとも、厄介な話である。


彼女の灰は明日の朝早くにでも、冷たい土の下に埋められるだろう。


そして彼女は、神の許に召されるのだ。


この手の平から離れて、もう二度と触れる事無く。


それが癪で持ち出した彼女の体であった物の一部。


自分も、厄介なほどに愚かだった。


「おい、


名前を呼んでも、当然の様に答えはない。


暗い海の底に沈んでいくだけだった。



見上げた瞳の先には、幾億の星が輝いて、
昔に聞いたおとぎ話を思い出して、彼女の面影を探したけれど
何となく、彼女はまだ、其処にはいない気がした。


彼女の灰が、手の中に在るからだろうか。


星に彼女の面影を見出せるなら、まだ楽だろうに。


一つ小さな舌打ちが、闇夜に吸い込まれるように消えていく。



手の平の、小さな小瓶。


中には、彼女の体の一部だった灰が、少し。



神田は、緩やかな動作でそれを放った。


綺麗な曲線を描き、闇に吸い込まれた其れはやがて、
暗い海の底へと落ちていく。


波が異物を飲み込む音が、異様に大きく聞こえた。



その音に紛れるように付いた息は、溜め息か、安堵か。



フと、振り返った視線の先に、浜辺に立つ小さな教会が見えた。


質素な造りの教会は、潮風に曝されて、僅かに風化している。

けれどもその屋根には、大きな十字架を一つ、頂いていた。



その神の象徴たる十字架に、神田は今度こそ、安堵の吐息を漏らした。


そして、一つ嘲笑うような笑みを浮かべると、吐き捨てる。



「テメェになんか、渡さねェよ。」



彼女の体の一部は海の物になり、神の許へは召されない。


今頃彼女は、この自分の身勝手な行動に嘆いているだろうか。



「いや、」



ふと湧いた疑問に、自ら頭を振り否定した。


きっと、嘆いてはいない。

どうせ、いつもの笑みで笑ってる。


ヘラヘラと、隣に居れば癪に障る笑みを浮かべて、
そして、言うんだろう。



『いいよ、別に。そんな所も好きになったんだもん』



だからきっと、嘆いてはいない。


神田は再びその十字架を見て、ふっと笑った。


嗚呼、これで―・・・



「永遠に―・・・」



さあ安らかに、眠れ。


自分の傍らで、永遠に眠れるよう。


永遠に、自分が愛する事の出来るよう。



「この地で、眠れ」


そして自分が死んだ時には、彼女と共に一部を海の物として

この地で、眠り続けよう。


これこそが、自分たちのとっての―・・・・






永 眠  授 与 
神の御許に仕えるよりも、永遠の世界を共に





[COPYRIGHT(c)奏華誠 music by,TRISTEZA]
special thanks[哀婉

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