素直に出ない言葉と 君の笑顔と

静かな部屋で 君の言葉と、





ごめんね 、の
馬鹿






廊下に、足音が一つ響く。

さっきから、彼の部屋の扉の前を、行ったり来たりだ。

ドアをノックしようと手を上げて、あと数センチの処で手を下ろす。

そしてまた、行ったり着たり。

この繰り返し。


これで一体、何回目だろう。


今はまだ早朝で、陽が昇ったばかりの時間で。

彼もまだ起きていないだろう。

昨日は疲れただろうし、流石にまだ寝ているはずだ。

ともすれば昨日、任務帰りの彼を捕まえて愚痴とも泣き言とも取れる事に
付き合わせたことも、今となっては申し訳ないことで。

それについて謝りに来たわけだが、
寝ているとあっては、また起こすのも悪いし。

とかなんとかは、自分の度胸のなさに対する言い訳であって、
実際の所は、なんか昨日の今日だし、何言ったら良いのかわからないのだ。


今度こそ、と扉に手を向けて、迷った挙句に手を降ろす。


だからもう、何回目だよ・・・・


「もう戻ろうかな・・・」


「戻っちゃうんですか?」



・・・・・・・・。



「ァァアアアレンン!!?」


溜息吐いて言ったら、突然勝手にドアが開くから、
一瞬の間の後に大声を上げた。

アレンは、すぐにシーッと口元に手を当てる。


今は、朝も早い時間でした、とも慌てて口元を手で覆った。

それから、一呼吸。


「なっなんで急に!?」


「そりゃぁ、ずーっと部屋の前を行ったり来たりされてれば
 気にだってなりますよ。」


「起きてたの!?」


寝てると思って油断した。

アレンはニッコリと笑ってみせる。


「いつ入ってくるかと思って待ってたんですけど。」


「へ?」


「1時間以上もそうやってるんですもん」


「鬼か!!!」


だったら早く声を掛けてくれ。

そうすれば、無駄に緊張することだって、なかったのに。


「鬼は酷いですよ。
 昨日、あんなに遅くまで付き合った人間に向かって」


「〜〜〜〜〜〜〜っ」


それを言われては何も言い返せない。
って言うか、痛いところを突いてくれるなよ。


「あ、あのね、アレン・・・」


それでもアレンのいう事は事実で、自分は別に
彼と喧嘩をするために、わざわざ来たわけじゃない。

自分の言うべきことも本当で、服の裾を強く握ると
意を決する。


「あのさ―・・・」


よし、今だ。

そう思って顔を上げたら、アレンの右手が頭に乗った。
ぽふっとか、マヌケな音がしそうなほどに優しく。

は呆けたが、同時に、自分が謝るタイミングを逃した事を知る。


「僕、少し寝不足なんですよ。」


「っだから・・・・!」


も、少し付き合ってください。」


「・・・・・・はい?」


自分の言いたい事なんて分かってるだろうに、
それでもアレンは、意地悪く遮ってニッコリと笑う。

最期に、「それ位付き合ってくれますよね?」なんて付け加えて。

そりゃぁもう、極上の笑みだ。


「付き合う・・・けど・・・」


も、あんまり寝てないんでしょう?
 うさぎとくまが仲良しさんですよ。」


言って、優しく目元に触れた。
反射的に目を閉じてしまうけれども、納得が行かない。

ことごとく、此方の言いたいセリフをぶった切る。


「〜〜〜アレン!!」


もういい加減に、此方も我慢の限界と言うもので
声を上げて名前を呼んだら、

彼は逆に、穏やか過ぎるような声音で、囁くように自分の名を呼ぶ。


そして、ヤケクソ気味に「今度は何!」なんて返したら、
額に、唇が押し当てられた。


くすぐったい様な、柔らかくて、少し冷たさの混じる、甘い感触。


アレンは笑みを崩さない。


「愛してますよ。」


その一言。

そのたった一言で、自分はもう、謝る必要のなくなったことを悟った。

なんだかなぁ、と、アレンの胸に、赤くなっているであろう顔を押し付けて、
呟くように「私も」とだけ返した。


アレンが満足そうに吐いた息が、髪にかかって柔らかく揺らす。


「ごめん」の一言は言えないのに、「愛してる」は簡単に言えてしまう。


そこんとこ、どうなんだよ自分、とか思いながら。


「慣れ・・・かなぁ・・・」


「どうかしました?」


「いや、別に。」


不思議そうな顔をしたアレンに、困ったように笑みを返して
差し出された手を、当然の様に受け取りながら

そして、そのまま眠るため、

彼の部屋へと、招かれた。



                             ― fin...





special thanks[哀婉

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