夏の日差しが、嫌味なくらいに大地を照り付けていた。


空は果てが無くて、大地も競うようにそれに続いている。


それだって言うのに、自分の知る世界はこんなにも限られている。


高い高いこの牢獄の様な建物と、
アクマの残骸が溢れる、廃墟となったもう名もない町。


それと、ただ汽車で通り過ぎた、
街並みだけを知っている名前も知らない街。


自分の世界は限られていて、井の中の蛙とはよく言ったものだけれど
別にそれが悪いことでもないだろうに


きっと、それはそれとして、それなりに幸せなんだ。


幸せだと思えるなら、それで幸せだろう、きっと。


だから、自分は不幸という訳でもないけれど、
幸福と言う話でもない。


井の中の蛙だと知っている、そして、それを幸せだとは思っていない。


もっと広い世界を知っていたなら、
自分の中の何かは変わっていたのだろうか


閉鎖的な空間の中の、限られた人間関係


その中でも、白いコートの軍団の中
やたら目に付くエクソシストの黒いコートを目で追ってしまうのも
最早どうしようもない事なんじゃないかと思うわけで。


特にエクソシストなんて、同職だ。


ファインダー達よりも関わりは密接になるし、人数も少ないから
それなりに関わりは深くなる。


一言も話した事がない彼だけれど、だって、やたらと目に付くから。


白何だか黒何だか分からない、その容姿。


一言も話した事はないけれど、ティーンズ達に囲まれる彼が
どんな性格だろうかなんて、全く予想が付かないわけでもない。


だから、しょうがないじゃないか、って


言い訳だってしたくなるんだ。



一陣、赤い風が吹きぬけた。


かと思えば、ドタドタを後を続く黒い影と白い影。


「っもう、ラビ!また教団壊したでしょ!!」

「ちょっ不可抗力!マジ許してって!!」

「嫌ですよ、また僕の部屋なくなったじゃないですか!!」

「お前元からアンラッキーボーイっしょ!
 そういう運命と思って諦めてって!!」

「っなん、ですかソレ!!」


廊下が、一瞬にして賑やかだ。


赤い髪を揺らしてラビが逃走するのを
リナリーと彼は、肩で息をして見送ることになる。


後で見つけて取っちめてやる


呟いた声は自分にだけ聞こえたようで、
リナリーは何も返していなかった。


思えば、人間なんて大馬鹿野郎だ。


今これからの事だって分からないのに、
明日とか、遠い未来の事を夢見てる。


今が続いて未来になるというのに。
夢見る未来に続けるための道は『分からない』がたくさんだ。


それだって言うのに人は夢見てる


夢見る事を止めない


彼が自分に笑いかけてくれたら、何て


「とりあえず、リナリー、コムイさんに言いつけに行きましょうか」

「もうっ今度こそコッテリ絞ってもらわないと」

「そうですよ、師匠の借金明細票がしっかり管理されてたのに・・・」


ゴチャゴチャになっちゃったじゃないですか、とアレン


相変わらず凄いね、アレン君・・・


リナリーは、僅かに引き攣り笑いだった。


リナリーは良いな、と思う。


明日には、彼の親しく呼ぶ名前に、自分も含まれて居ればいいのに。



――― 閉鎖的なこの空間で、閉鎖的な人間関係の中


――― 彼に恋したって、しょうがないじゃないか


言い訳がましく繰り返しながら、馬鹿げた幻想を思い描いてる。


自分も大概、大馬鹿野郎なんだから、


けれどもまったく、コムイもコムイだ


いっそ謀ったのではないかという位
自分へ彼とのペア任務は回ってこない。


一回くらい一緒の任務になれば、言葉を交わすくらいの間柄にはなるだろうに


いつまで経っても自分は彼にとって他人のままなのだから
切っ掛けのひとつ位欲しいとか

思ったところで、その切っ掛けとやらを
上手く利用する事が出来る自信も皆無だから、今のところ諦めるけれど。


何となく零したため息は、ひとつ。


ともあれ、いつまでもこうして彼らを見ててもしょうがないワケで
さて自分の部屋に戻ろうとなった時、フと


顔を上げた彼と、目が合った。


彼はきょとんとしばらく自分を見つめていて


「え・・っと、こんにちは」


あはは、と

少し疲れた笑みで、そう言った。


途端跳ね上がる自分の心臓は、自分に似て現金だ。


―― 思えば、人間なんて大馬鹿野郎で


今これからの事だって分からないのに、
明日とか、遠い未来の事を夢見てる。


けれども自分も、
彼が自分に笑いかけてくれたら、何て夢見てる


自分も大概、大馬鹿野郎。


それでも人は、夢見てる


夢見る事を止めない


けれど、分からないからって、悪い方に進むとも限らない様で、
唐突に掛けられた声に、しどろもどろと手を彷徨わせる。



「あ・・・・・」



こんにちは、と、ようやくの思いで返したその言葉に、
彼はニッコリと微笑みを返してくれた。


「アレン君、行くよー?」

「あ、待ってください、リナリー!」


リナリーに呼ばれて、慌てて自分に軽い会釈をする彼は
クルリと、何の躊躇いもなく背を向けて



パタパタと、リナリーを追いかけていってしまった。



再び並んで歩き出した、黒い背中と白い髪。



廊下の隅に消えて行くまで、見送った。



ああ全く、人間なんてやっぱり大馬鹿野郎だ。


明日、明後日と夢見てる


昨日の段階で『明日』だったはずの今日にだって
幸福な事が起こるかもしれないのに


いつだって、夢見てる



「こんにちは、か。」



ああ、この高い高い牢獄の様な閉鎖空間で


自分は幸せな井の中の蛙に、なれるのだろうか。



何となく零したため息は、ひとつ。



嗚呼、明日には
彼の親しく呼ぶ名前に、自分も含まれて居ればいいのに。


遠く廊下の向こうから、アレンとリナリーの笑い声が聞こえてきた。






閉鎖的幸福
例え限られた世界でも、幸せになれる方法は、知っているけど・・・

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