「・・・・・・。」



?」



「・・・・・・・・・・」



っ!」



「えっ!?あ・・・・・」



自分たちは気の合う友達だった。
何かと任務でも一緒になったし、年の頃も近くて、
神田への悪戯常習犯だった。


いつだって明るくて、ただ傍に居るだけでも
楽しくて、何処か安心できる存在として、
彼女は自分の中で誰よりも大きくて、特別な存在だった。


この感情に名前をつけるのであれば、恐らく其れは
『愛情』と呼ぶに相応しい。


けれども、其の名を彼女に教えるつもりは無かった。
全てが終わったとき、自分は此の場から居なくなる。
『ラビ』と言う存在が消える。

その時、彼女はきっと泣くだろうから。
その時、自分はきっと耐えられないだろうから。

其の名を教えるには、自分の心はあまりに弱すぎた。




「・・・なあ、
 最近、あんまり元気ないんか?」


「そんな事ないよ?」


尋ねたら、キョトンとした顔で返してくる。
騙されたらいけない。

彼女は、こういう演技が上手いから。
下手をしたら、大切な事をちゃっかり隠されてしまう。


「嘘だろ」


「なんで?」


「この間、医療班から薬の袋、
 いっぱい貰ってきてたっしょ」


「・・・見てたの?」


「たまたまサ」



彼女に大切な事を聞くときは、必ず根拠を用意する。
彼女が、ヒラリと身をかわせない様に。

けれども、逃げ道はちゃんと用意しておく。


彼女が壊れてしまわない様に。


その逃げ道にも気付いてないわけが無いだろうに、
それでも彼女は、大抵の質問には答えてくれた。


今回だってそうだ。

けれども、今回ほど後悔した質問はきっと無かった。


「・・・ラビだから、言うね」


「うん?」


「コムイに言われたんだけど」


「・・・・うん」


「私、病気なんだって」


「・・・・・・は?」



言ってる意味がわからなかった。
目の前で元気そうにしているヤツが病気だなんて、
また達の悪い冗談か、只の風邪を、彼女がふざけて大げさに言っている
だけなのだろうと、そう思った。


「病名不明。薬はナシ。治療法も現時点では無いし、
 助かる見込みはゼロ。命は、持ってあと1年在るか、無いか。」


「ちょ、待って、
 言ってる意味が、良く・・・・」


「1年先の未来に、私の姿はない」



自分の戸惑っている間に、はそう言い切った。
何か、冷たいものが胃に落ちる感覚を思う。

体の芯が凍ったように冷たくなった。
言葉を紡ごうとしても、何を言って良いのかわからない。
声を忘れてしまったようだった。

動悸が早くなって、視界が狭くなる。
深い傷を負った時に、良く似た感覚を覚えた。


「ねえ、ラビ」


名を呼ばれて顔を上げる。
彼女は微笑んでいた。


この戦争は長くなる。
彼女の別れもまだ先だと思っていた。

けれども2年後の未来、彼女の姿は隣に無い。


現実味が無かった。



「最期のわがまま、聞いてほしいんだけど。」


「なっ」


「私が生きている間、私はもうラビにわがまま言わないから。
 此れが、本当に最期だから」


「ちょっ、、待っ・・・・・」


「お願いっ」



泣きそうな顔をして、腕に縋りつくようにして言う。

最期のわがままだと


『最期』の・・・・・



「っざけんなよ・・・・」


「ぇ・・・・」


「これから死ぬ奴のわがままなんて、
 聞いてなんか、やれないサ」


「・・・・・・・そう」



彼女は悲しそうな顔をして腕から離れる。

だって、『最期』だなんて

ふざけるのも大概にして欲しい。




「先が無いやつのわがまま聞いたって、
 どうしようもないっしょ」


「・・・・うん。そうだね、ゴメン」


「・・・・・・・、約束」


「ん?」





「生きろ」





彼女にとって、酷な事だなんてわかってる。

でも、ふざけたことは言わないで欲しい。


わがままなんて、先があるから言えるのだ。


最期だなんて、分かっているやつのわがままなんて、聞きたくない。



「何が何でも生きろ。がこれから言う『わがまま』が
 生きた世界に、自身が生きろよ。
 の為のわがままだったら、なんでも聞いてやるから。
 最期なんて言わないって、生きるって、約束しろよ」



君の未来に続くわがままならば、自分はどんなことでも聞くから。


は、泣いた。


泣いて、

これまで押し留めたものを流すように泣いて、

それから、絞り出したような声で、

震える声で、


腕に縋りつくように、言った。



「私の傍に、居てください・・・・」


未来の自分の傍で、貴方が笑っていてください。


どうか、それだけを。


自分のわがまま。













時が過ぎた。
は着実に『病人』へと成っていった。
友人から恋人になり病人へと代わる過程は、余りに急激だった。

白に包まれた部屋に、監禁に近い形で閉じ込められた。
その冷たい部屋に入るには、白い服を着て厳重な消毒が必要だった。
体の痛みを抑える為に飲む薬のせいで、髪が抜け落ちた。
頬はこけて、目の下には隈が出来たし、肌の色は青白い。


数ヶ月前まで一緒に馬鹿をやって
一緒に任務に言って戦っていた仲間とは思えない姿だった。


1年なんて、とんでもない。
たった4ヶ月で、彼女は既に、死を間近に迎えていた。


それでも彼女は約束通り、


必死に、彼女のわがままが生きた世界を生きていた。



「コムイ、また・・・・」


ちゃんの所?」


「・・・・・うん」



コムイに話を通して。
彼女の『部屋』に行くには、
コムイから鍵を受け取る必要があるから。


彼女の『部屋』には、いつも鍵が掛けられている。


いつもの道を歩く。
重たい道だ。

いつも、彼女の『部屋』の扉を開けたときに
その姿がちゃんとベッドの上に横たわっているのかが不安だった。



の部屋の扉を開く。
相変わらず、白に包まれた重たい部屋。


薄いカーテンの幾つもの幕の向こう側に、彼女は眠っていた。


その姿を確認して、ホッと息をついた。
安堵の息とは、取って良いのかもよく分からない。
もしかしたら、それは落胆の意を取った溜息だったかもしれない。


ベッドに四肢を投げ出して、目が固く閉じられている。
僅かな日の光が、スポットライトの様に、細くベッドを照らした。


点滴が、一つ二つと雫を落としている。
骨に皮が張り付いただけの腕は、点滴でボロボロで、
青い血管が、白い肌にやけに浮き出ている。


人工呼吸器が静かに彼女の肺に酸素を送っていた。



「・・・・、ただいま。」



答えは返らない。
恐らく、もう、一生。





―― ●月▲日 
   身体機能の停止



彼女は、生きる人形になった。



あの時ほど、後悔した質問は無い。
あれ以来、自分は彼女に問いかけることなど殆ど無いに等しかった。


それでも彼女は約束通り、


必死に、彼女のわがままが生きた世界を生きていた。



今だって、ほら、こうしてちゃんと、生きている。



、ちゃんと、傍にいるサ」



君が約束を守るから。
自分もほら、守っているよ。


だって、君の命は、こんなにも―・・・・



「なあ、



自分たちは気の合う友達だった。
何かと任務でも一緒になったし、年の頃も近くて、
神田への悪戯常習犯だった。


いつだって明るくて、ただ傍に居るだけでも
楽しくて、何処か安心できる存在として、
彼女は自分の中で誰よりも大きくて、特別な存在だった。


この感情に名前をつけるのであれば、恐らく其れは
『愛情』と呼ぶに相応しい。




「アイシテル」




君が微笑んで居る内に、言ってしまえば良かった。


まだ聞こえているかな、君に、届いているかな、




「愛してるから・・・・」



誰か、此の子を楽にしてあげて・・・・・




君の命は、ホラ、こんなにも



キラ キラ ヒカル

あの日の約束が一番酷となったのは、結局自分でしかない




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