悲しい恋を、しました。






泣き虫カメレオン







【あの人が、誰よりも好きでした。】


そんな言葉を、惜しげもなく言えてしまう位には
私は、彼に惚れていた。


だから、彼にこの思いを伝えるつもりはなくて
だから、彼の傍にいられるだけで良いと思ってて



なのに、今のこの状態は、果たしてどうしてなのだか



ロクな理由じゃなかったので、あまり事情説明はしたくないが
始まりは確か、簡単な口論からで


ロクでもない事と分かっていながら、止められずに
繰り返した、好きなハズの相手を傷つける為の言葉。



その合間に吐き出された言葉に、カァっとなって



「アンタの事好きなんだから、仕方ないでしょ!!?」



気付いた時には、売られた言葉を買っていたのだ、その言葉で。



「・・・・・・・い、今私、言っちゃった・・・・・?」



言ってしまったこっちも、相当間抜けな顔をしていたが



「え・・・っと、無かった事に出来なかった程度にはハッキリ・・・・」



相手も相手で、鳩が豆鉄砲食らったような顔だった。




「で、出来ない?無かった事に・・・・」


「あんだけハッキリ言われて、かなり無理な相談っしょ」


「ですよねー・・・・・」




あれだけ盛大に怒鳴ったのだ。そりゃそうだ。


―― それにしても、あまりにも色気のない告白で、泣けてくる。



言うにしても、もう少し言い方とか、シチュエーションとか、どうにかしたかった。


相手に喧嘩腰に怒鳴った挙句に、場所は任務帰りの地下水路だ。


コレがせめて、もう少し綺麗な水路だったなら良いのだが
下手をすれば、ネズミでも出てきそうなのだから
色気とかへったくれもなさ過ぎる。


「あの、・・・・・・」


「っごめん!!
 答えなら、分かってるからイラナイ!!」


馬鹿みたいに彼に惚れていたけれど、
その気持ちを伝えないと決めたのは、彼がブックマンで
初めから叶わない思いだと分かっていたからだ。


結果的にこんな形になってしまったけれども
それならせめて、これ以上傷つかないままでいたい。



保身行為の強い、弱すぎる対応だけれども――弱いのだ、実際


私は、周りに明るく振舞っている時のように強くなんてない。


結果の見えている聞きたくないその言葉に堪えられるほど、
私は強い人間じゃないから――・・・・・



「・・・・ごめん、ちょっとカッとなりすぎた。
 部屋行って頭冷やしてくるから―――・・・・・・」




それでも、言ってしまった。


知られてしまった。


彼にその想いが伝わってしまったからには
彼の中で、私の感情に対する結論が出てしまったはずなのだ。


例え、私が拒んだとしても。



私が言わなければ発生しなかったはずの
私の思いに対する『答え』が―――・・・・・・・



それは、例え聞かなかったとしても、
私の恋の終わりを意味している、から。



弱い私は、その事実だけで泣きそうになるけれど


弱い私は、そこまで彼に無様な姿は見せられないと


だから、さっさと部屋に引き返して、
部屋に戻ったら目一杯泣いて良いから


だからお願い、今はまだ泣かないで、と、言い聞かせるように



なのに―――・・・・・



「ラビ・・・・・・・?」



引き返そうとした私は、けれどもそれを叶える事が出来ず


引き止めたのは、
彼の声でも、その手の平でもなくて



「なんで――・・・・」


なんで


「ラビが、泣くのよ・・・・・」

「へ?」


私を引き止めたのは、彼の隻眼から伝う、涙。


しかも、彼が気付いていなかったというのだから、何とも、だ。


「な、何でだろうな、ワリ、ちょっと待って」


ラビは慌てて拭うけれども、
中々それが止まる様子は見せない。


私は、それをただ見つめているだけ、だ。


その涙の意味も分からずに、立ち尽くして見つめる事しかできない。


「ラビ・・・・」



団服のポーチから取り出したハンカチで彼の頬を拭う。

伝う雫は、柔らかい布地に吸い込まれていくのに
その頬は、中々乾いてくれない。


「なんでラビが泣くのよ・・・・」


そこで泣いていいのは、普通私だろ?


同じ問いを繰り返したその言葉尻は、涙声に揺れる。


、が・・・・」


が、泣くからっしょ。


彼からのその答えに、何ソレ、と返す。

その時にはもう、私の声も完全に涙に消えていて。



いや、先に泣いたのはお前だろ、とか

そもそも、もらい泣きするようなタイプでもないだろ、とか


言い返したい言葉も、全て消えていってしまう。


なんとも、ムカつくことだ。







「お前が泣くと、なんか知らねーけど、泣きたくなるんさ」



頬に柔らかい布を押し当てて、自分を見上げる彼女の手を取る。




落ち込んでいれば、自分もなんだか、暗い気持ちになって


彼女が怒れば、なんだか自分も怒ってしまう。


不安そうな顔をされれば、自分も不安な気持ちになって


彼女が幸せな気持ちの時は、自分の心も穏やかになる。



「なんなんだろうな、ほんと、コレ・・・・・」



この感情は、なんなのだろう、本当に



自分はその感情に名前を付ける事が許されないから


そう言って、知らないフリを続けるのだ、これからも


自分の事を、涙に濡れた瞳で見つめる、彼女の気持ちにも



だから


だから―――・・・・



「笑ってろよ、いつもみたいに。
 そうじゃないと、俺がいつも通りに過ごせないっしょ」




彼女が笑って、いつも通りに自分の事を呼んでくれないと

自分も笑って、いつもの通りに過ごせないのだ。



彼女が泣くと、自分も泣いてしまう。



彼女が


彼女、が――・・・・



そんな風に、恋しい者を見るように見つめると


自分も、その感情に名前をつけてしまいそうになるから




だから、どうか、今すぐに



その涙を


この涙を―――・・・・・・・



「――― 明日になったら、普通にする、から」


彼女はそう言って、自分の涙を拭うと


「もう少し、一緒に泣いて」


そして、一緒に


この恋を、終わりにしよう。