君の繊細な指先が綴る、細やかな文字が好きだった。

僕は君の国の言葉を知らなくて、だから君はたまに、
とても素敵な意味の言葉を教えてくれた。


その内に、単語だけなら幾つか憶えてきて―・・・


君は、僕の拙く綴った文字が好きだって。



いつだったかに、そう言ってくれた―・・・








きみにえたい事があったはずなんだ








空は、突き抜けるように蒼かった。

それでも、所々に黒々とした雨雲を孕むその姿は、
何処か不恰好で、滑稽だった。


窓の向こうに見えたそんな景色に、何と無く頭の中を
無意識と言う名の意識が支配した。


呆然とする。


部屋の中は真っ白で、清潔で、花と、彼女の匂いが立ち込める。

当たり前だ。

此処は彼女の部屋なわけだから。


彼女の物が溢れていて、彼女の薫りが溢れていて、彼女の想い出が溢れている。


けれども、この部屋に溢れる全ての物はもう既に、其処に在るべき主を失っていた。


彼女は、死んだ。


数日前に、僕の居ない所で。


意外と、呆気ない死だったそうだ。


礼拝堂で対面した彼女の死に顔は、他の死体と何ら変わりなくて、
綺麗に洗われた彼女は、今まで自分が見てきた彼女と、何ら変わりなかった。


眠っているだけのようで、ただ愛おしくて仕方なかった。


・・・」


名を呼ぶ。

馬鹿にしているみたいに、声は少し響いて、すんなりと消えていった。


「君はもう、いないんだね。」


嘆くように呟いて、深く、ベッドに腰を降ろす。


吐いた息が疲れきっていて、老人のようだった。


「明日には、この部屋も片付けられちゃうって。
 君の大切にしてたものは、一応回収しておきましたよ。
 の気に入ってたネックレスとか、写真とか・・・」


あと、これも・・・


そう言って、続けてポケットから取り出した一枚の紙は、カサリと鳴って―・・・



「僕が君に教えてもらいながら書いた文字。
 あれ程嫌だって言ったのに、まだ残してたんですね。」


君の綺麗な文字の横に、僕の文字は歪で不恰好。


けれども君は、この文字が好きだと言って―・・・


「変わってないよ。」


そっと、紙を折りたたんで、再びポケットにしまい込んだ。


「あの時のままだ、僕は。
 君が好きで・・・本当に、好きで・・・・」



馬鹿な位に変わらない。

君が居た時のまま、の事が好きで。

瞳を閉じると、アレンは一つ息を吐いて、立ち上がった。


綺麗に整頓された机の上。

一つの封筒を置いた。


真っ白な封筒。


隅に一つ、君の好きだった花の絵。


「今更ですけど、が欲しがっていた物です。
 まだ、あんまり上手くはないけど―・・・」



ねえ、アレン。

いつかちゃんと言葉を覚えたら、一番に私に手紙を頂戴ね。
それまで、私もちゃんと、アレンに言葉を教えるから。



そう言って、微笑んでいた彼女に―・・・



「まったく、感謝してくださいよ?
 が居なくなったお陰で、僕、カンダに言葉を教わったんですから。」



くそっ何で僕が・・・


口中呟いたら、何となく、が笑っている気がして、

急に、切なくなる。


頭を振って、踵を返した。


扉に手を掛けて、誰にでもなく言う。



「返事は・・・いらないよ。」


言って、ゆっくりと扉を閉めた。


















  

  お元気ですか?・・・なんて、もう君には聞くひつようはないのかな?

  君がいなくなってから、だいぶ時がたちました。

  ぼくはまだ、君のもとにはいけません。

  でも、のぶんもがんばるよ。がんばって、生きるよ。

  だから、はゆっくりと、休んでね。

  ・・・さいしょのてがみだけれど、これで大丈夫かな・・・?

                                 アレン

追伸:いつまでもずっと、君を愛し続けるよ。







special thanks[哀婉


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