高く 高く 舞い上がれ

高らかに 空に謳え


全てを 忘れるように


高らかに 高らかに



の様に 綺麗




冬の乾いた高い空を切る小さな物体を見つけた。
青い空を駆けるそれが紙飛行機であると気付いたのは、
パサリと、その物体が自分の足元に落ちてきたからだ。


「なんで紙飛行機?」


それを拾い上げて、何処から飛んできたものか辺りを見回す。

春が近づいてきた事が伺える木々の枝先は
仄かに桃色に色づいて、そろそろと桜が咲く頃なのだと実感する。


それでもまだまだ風は北風。肌寒い。


春の近づく木とは言え、並木道は未だ寂しげで、
視界ももの哀しいほどに良好。


早く春が来れば良いのにと思う。
視界が良好なのは好ましいが、少々冬の道は寂しすぎる。


花でも咲いて彩り豊かになれば、視界も賑やかになるだろう。


フと、見上げた空に紙飛行機が一つ。

一呼吸置いて、また一つ。


だから何処から飛んで来るんだよ此れは、と
更に辺りを見渡せば、自分の見ていたところよりも少し低い視線の位置から
紙飛行機がまた飛んできた。


今の自分の位置から3つ程先の木の幹の根元。


あそこか。


手にした紙飛行機を手に近づいた。



「ゴミの散布は反対サ、


「はれ?ラビ。どったの」


どうしたじゃない。

言って紙飛行機を彼女の手元に返した。
何の変哲も無い、オレンジの折り紙で作った紙飛行機。



「あ、拾ってきてくれたんだ?」


「ま、な。
 なんで紙飛行機なんか飛ばしてるんサ」



ありがとう、と微笑んだ彼女に問いかける。
は、ラビから受け取った紙飛行機を一度眺めて
もう一度向こうの方に飛ばした。


「って、また飛ばすんか!!?」



折角拾ってきてやったんに!とラビ。
はキョトンとラビを見やった。


「紙飛行機は飛ばすために折るんでしょう?」


「ちゃんと回収しろって話しサ!」


「あはは。ラビってば変なとこ細かいー。」


「あーったく!」


カラカラと笑う彼女に、ラビは息を吐いて落ちた紙飛行機を再び拾う。
受け取った彼女は、また飛ばす。


「・・・・喧嘩売ってるんか?


「滅相も御座らんよ」


言って、ハハっと笑う。
コイツは一体なんなんだか。
ラビがコッソリ息を吐いて、ムダと分かっていても、
もう一度だけ、紙飛行機を拾い上げてに渡した。


やっぱり。


紙飛行機はの手から離れて風を切って地面に落ちる。



「で、なんで紙飛行機なんて飛ばしてるんサ?」



もういいやとか思って、再びに問いかける。
は、落ちた飛行機を見つめながらンーともアーとも
付かない声を出す。


「いや、いいなぁと思って」


「は?」


「紙飛行機。」



言ってる意味がわからないから、首を傾げる。
は、腰掛けていた木の根元から立ち上がって
今度は自分から、落ちた紙飛行機を拾い上げた。


そして、また少し遠くのほうに飛ばしてみる。


風を切る。弧を描いて落ちる。



が振り返ってこちらを見た。



「幾ら落ちたって、また飛べるの」



それだけ言って、または紙飛行機を拾って飛ばした。


地面に落ちた紙飛行機を見つめて。
もう、は拾う事もせずに戻ってきた。


は落ちたまんまなんか?」


「いーや。
 落ちたらもう飛べないと思って、
 ヘロヘロしながら踏ん張って飛んでるところ。」


「馬鹿さな」


「あはは。私もそう思うよ」


それでも落ちることが怖くて
踏ん張って踏ん張って飛んでる。


風を切る気持ちよさも忘れて
体はもう、ボロボロだ。



「飛ばしてやるサ」


「うん?」


が落ちてきたら、俺が責任持って
 また飛ばしてやる」


だから安心して落ちて来い。

言って、頭をポンッと撫でてやった。


は情けない顔で、少し涙目になりながら頷いた。





時としては、大分前の事。

気持ちは、ついこの間の事。




がまだ生きていた時の事。




あれから間も無くして、彼女が死んだなんてことも
自分の中では信じられない事柄だ。


自分は、落ちてきた彼女を飛ばしてあげるどころか
受止めることもできなかった。



嗚呼、全く持って馬鹿らしい。



それでも、は自分を責めたりしなかった。
それがもどかしい気持ちにさせた。


それでも、彼女がいない事実は変えようが無いのだから
今更に、どうすることも出来ない。



ただ一つ。


今思うのは、彼女がこの空を飛びきったのかと言うこと。


途中で諦めて落ちてきてしまったのではないかと言うこと。



あの日の桜の並木道。


今では綺麗に花が咲いて、視界を賑わせる。

時が確実に経っていた。
それだけの事実。


なんとなく、ラビは手に持っていた紙飛行機を空へ飛ばした。


オレンジの、なんの変哲も無い紙飛行機。



高く淡い色の空を背景に、オレンジがヤケに目に焼きついた。



風を切って進んで、やがて、弧を描いて落ちる。


ほんの一瞬だけの、美しい光景。




もう一度、拾って、飛ばして、落ちて、拾って、飛ばして。



もっと遠くへ、もっと高くと願う。



にも、この綺麗なコントラストが見えるように


もっと、もっと、高く、遠くに



「ああ、そっか。」



そんな事をしていて、フと気付いた。


は今、飛んでいる最中なのか。



一度落ちて、もう、彼女が笑うことは無いけれども。


この紙飛行機よりも、もっと高い所を
今また、飛んでいる最中なのか。



この青空を、飛びきろうとしている最中だ。



紙飛行機よりも、もっともっと高い空を。



ラビの手元を離れた紙飛行機が、風に煽られて
手の届かない高く遠くへと飛んで行った。



追い掛ける事をしないで、視線だけで追った。


オレンジと青と、其れを縁取る春の花々。


相反する色だからこそ美しい、この光景。



嗚呼まるで、夢の様に綺麗な――・・・・



ラビは一つ、大きな伸びをして、並木道を振り返った。
吹いた風は、温かい春の風。



『時』が確実に過ぎたということ。



「また落ちたら、飛ばしてやるよ、



空を見上げて呟いた言葉が、届いているかは別として


この景色が、ずっと高い所にいるの元にも届いたらいいと。


ただなんとなく。


心から、そう思った。




                    ― fin...







special thanks[哀婉

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