心に付いた傷の痛みなんて

たくさん付きすぎて

麻痺してしまったから・・・


だから、平気。


つらくは、ないから―・・・・






に、傷に れないで






最期のAKUMAが、大きく破壊音を立てて壊れた。
砕けた部品やらが、風に乗って舞い上がる。

止めを刺した自らのイノセンスを仕舞い、
は一つ溜息を吐いた。

「お疲れサ。〜」

ヘラリと笑って肩を叩く。
その笑顔を、は力いっぱいに睨んだ。

「ラビ・・・AKUMAがなんなのか・・
 ・・・・本当に、わかってる・・・・?」

「は?」

いきなり何を言うかと思えば・・
そんな感じで、ラビは目を見開く。

「どしたんさ?
 いきなりンな事聞いてきて・・・・」


言われて、は肩に置かれた手を払うと、
睨む目を彼から外した。


「なんで・・・戦いのすぐ後に・・・笑えるのよ・・・」


フッと落とした視線が泣きそうなのを見て取って、
ラビは頭を掻く。

「・・・・ツライ?

聞かれて、は首を横に振る。

「ツラクなんかない。
 アクマの破壊だって、もう慣れた。」

そう、言い切る。

初めのうちは、確かに辛かった。

悲しかったし、何回も逃げたくなった。

でも、今は違う。

少なくとも、辛くはない。

それが例え、麻痺に似たものだったとしても・・・

悲しくないから、辛くない・・・・


「・・〜・・・」

「何?」

呼ばれて、不機嫌な返事。

ラビの、溜息・・・


「嘘は、もう少し上手く吐かね?」

「何よ・・・嘘って」

「辛くないなら、そんな事聞かない。
 悲しくないなら、そんな泣きそうな顔もしない。」


そうっしょ?

聞かれて、黙り込む。


暫くの間をおいて、少しずつ、言葉を紡ぐ。


「なん・・・で・・ラビが笑えるのかが分からない。
 アクマになった人たちだって、自分の好きでなったわけじゃないんだよ?
 さっき私が壊したアクマだって、何も知らなかったんだ・・・。
 ただ、伯爵に騙されて、愛した人に、会いたいと望んで・・
 もう一度でも良いから、会いたいと望んで・・・・っ!」


改めて、実感させられる。

アクマの存在の、余りの悲しさ

余りの苦しさ・・・・

だから、こんなにも必死になって破壊する。
悲しいものだから、破壊する。

だけど・・・


「アクマを救うには・・・破壊しかないなんて・・・わかってる・・・。
 わかってるけど・・でも・・・・・」


自分の事を傷つけて

もう、痛みすらも分からない位なのに・・・


「・・・わかん・・・ないよ・・・」


人の抱く、人に対するどうしようもない愛おしさ

破壊したアクマも、前はそうだったのだ。

人を、ただ真剣に愛しただけだった。

その魂を救うためとは言え、それはあまりに辛くて・・・

何故、彼はこうやって、笑っていられるんだろう・・・



「・・・・は、頑張りすぎサ。」


ポンッと、頭に手を置かれた。
見上げれば、やっぱりラビは笑っている。

困ったように、笑っている・・・


「もう少し、気ぃ楽に持ちなって。
 視野が狭くなるだけサ。」

「っ人が真剣に!!」

真剣に話しているのに・・・
そんな、言葉と感情を誤魔化すような慰めの言葉・・

声を荒げるけど、ラビはただ、困ったように笑っているだけ。

駄々をこねる子供を見るような、そんな笑顔、そんな感覚。

余裕があるように見えるその笑顔が、恨めしい。



優しく呼ばれた。

「何よ」

余裕がない声。

彼と自分との間にある、この違いは何だろう・・・


「最近さ、風に春の匂いが混じり始めたの、
 知ってっか?」

「は?」

とことんはぐらかすつもりなのだろうか。

そこまで、自分を馬鹿にしたいのだろうか。

睨みつける。

動じない。


「去年はさ、そう教えてくれたのは
 のほうだったんサ。」

「ぇ・・・?」

「去年はが言ったんだよ。
 『風が春の匂いになってきたから、
 もうすぐ、こんな寒い思いしなくてもすむー』って。」

「・・・ぁ・・・・」


そう・・・だったかもしれない。

「な、視野が狭くなってる。」


ニッと笑う。
言い返せない。

言い返す言葉も見つからないし、
言い返す必要も、ない。

「ほーら、肩の力抜く!」

「なっ!?」

ギュゥッと抱きしめられた。

春の匂いを含み始めた風が、さわりと2人の間を抜ける。

寒い。けれども、暖かい。




「・・・ガンバルのは、の良いところ」

言い聞かせる様な言葉。
は、黙って聞いている。

「他のヤツの痛みがわかるのも、の良いところサ。」

「・・・うん。」


破壊したアクマの残骸も、掬い取られるように風に消える。

甘い、新しい命の香りを乗せた風に。

キラキラと、日の光に身を削る雪に
雪解け水は、ゆっくりと、豊かな土に染みていった。


「でも、そのせいで視野が狭くなんのは、勿体無いっしょ。」



悲しみだけに囚われて生きるには

辛さだけを抱えて生きるには・・・


この世界はあまりに綺麗で、尊い。


限られた視野だけで生きるには


この世界はあまりにも、勿体無い。


「もう少し、ゆっくり歩こうぜ、
 いろいろなもん見て、怒ったり泣いたり、笑ったりしながら・・さ。」


そう、頭を撫でる。

くすぐったいその感触に
ラビの背に手を回して、言った。

「でも、私、学習能力ないから。
 また・・・駆け足になるかもよ?」

抱きしめる腕に、力が籠もる。
笑みを漏らすラビを感じた。


「そしたら、またこーやって引き止めてやるサ。
 ムリヤリにでも、オレの横歩かせる」

その、少し強引で、何処までも暖かい彼の優しさに
ようやく、もクスリと笑みを漏らした。


「・・・並んで歩いてられるように、
 ちゃんと、見張っててよ?」

「おうっ」

小気味良い返事。
二人一緒に、噴出す。

一頻り笑った少しの間の後、
ラビが真面目な顔して、言った。


「だからさ・・・」

「ん?」

「だから・・・痛みに慣れた、なんて・・・
 ・・・言うなよ?」


それは、あまりにも悲しい言葉で

君が笑っていれば、自分も笑っていられる。


君が悲しい言葉を言えば、
自分は、笑えなくなってしまうから・・・・・


「・・・・うん。」



こんな悲しい戦いの後
こうして笑っていられるのは、君の存在があるから。

君が望むなら、幾らでも笑って見せるから

だから・・・


痛みに、傷に慣れないで・・・・。


生命の風は尚も冷たく暖かく
2人の歩みの様にそっと、
戦場を白紙に戻すように、駆け抜けて行った。



              ― fin...






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