大切な君だから

触れることすら怖くて・・・・

君を守る為だった行為すら

結局は、僕のエゴでしかなくなって







この は、貴方の
だから





ちゃーん」


「・・・」


ちゃんー?」


「・・・・・・・」


ー?」


「・・・・・・・・・・・・」



さっきから、ラビは私を呼んでいる。
煩いくらいのその呼びかけを無視して、私は本を読み進める。

本のページを、一つ捲った。

本当のところ、ただページ数は数を増やしていくだけで、
その内容は、頭の中に半分も入ってこない。
今本は、私の手の中で、ただの単語の羅列と化している。


因みに此処は私の部屋で、
横柄な態度も、それで少しは許されないかしらとか、基本的にどうでも良いことが
頭を駆け巡ったりする。

っていうか、むしろそれで許されてくれないと、こちらとしても
対応には酷く困るものになってしまう。


だって、今口を開けば、確実に―・・・・


「おーい、ってばー?」


反応を示さない私に、ラビは私の座るソファの肘掛に顎を乗せて、
ブーブー言っている。

それでなくともイライラしている私にとって、
その行為は当然の如く、ストレスゲージを溜める手助けにしかならないわけで、


「なー、ー。
 オレひま・・・・」


――バンッ!!



ラビの声を遮るように、本を思いっきり閉じてやった。
せっかくの枝折が、その時の風でハラリと床に落ちる。

あとで読み直すときに不便になってしまった。


それもこれもラビのせいだと、
言いたい私の心情は、やっぱりいけないものだろうか。



「あ、あの・・ちゃん?」


引きつった笑い。

私は、出来るだけニッコリと笑ってやった。
その笑みが、彼にはどう写っていたかなんて、
実際の所、今はどうでもいいのだ。


「そんなにヒマなら、ファインダーの女の子のトコに行って来れば?」


「・・・・・・ヘ?」


ラビの引きつった笑いが、そのままの形で彼の顔に張り付いて固まった。

そんな些細なことでさえも腹立たしいと感じるのは、
多分、今までの積み重ねがあってこそだ。

突発的なイライラだったら、きっともっと穏やかなものに終っただろう。


それでも、今回は、今回だけは・・・・


私、良く我慢したと思うよ?



「それとも、新しく入った科学班の人かな?
 医療班の子っ?ああ、調理補助士の子もいたっけね?!」



私の知る限りの、ラビの相手の人。
私も、幾人も居る中の、一人に過ぎないのは分かってる。


けれども、その名を連ねる度に、私の中で何か怒涛の様なものが
溢れてとまらなく感じるのがわかって、怖かったけども、止まらない。

ラビの顔からは笑みが消えて、今では『意外』と言う言葉が浮かんでいた。


「・・・・私が・・・知らないとでも思ってたんだ?」


口にして、哀しくなった。

愛おしい人の事だから。
知っているんだ、大抵の事。


連ねた名前の人たちと、どんな事をしているのかも。
自分がその人たちと比べて、どれだけ関係が劣ってるのかも。


体を合わせるだけがスキの表現じゃないことなんて、知っている。
それでも、まだまだ幼い自分は、せめて触れていないと不安でしょうがないのに。


求められもしないし、触れることすらも躊躇われるし、


ラビは、一つ溜息をつきながら、ベッドに座った。


「うんにゃ。
 知ってるとは、思ってた。
 ・・・まぁ、思ったよりも知ってたけど」


いけしゃあしゃあと言うこの人が憎らしい。
それでも、この人との関係も此処までかな、とは、思わざるを得ない。

だって、普通に考えて、ムリでしょ。

これ以上、この関係続けるの。


だというのに、ラビは私を抱きしめた。

この人の腕に抱きしめられるのも、私は、ほとんど初めてに近い。

驚いて、何も出来ずに固まっていると、
ラビが耳元で呟くように言った。



「今まで、我慢してくれて、ありがと」


「な、に・・・言って・・・・?」


「辛い思いさせてんのは、わかってるつもりだったんだけどなぁ・・・・」



ふぅっと吐いた溜息が、私の髪を揺らした。
その吐息に、躊躇わずにはいられない。

体を抱きしめた腕の力強さも、
そして、その腕が、僅かに震えていることにも



「情けねえっしょ?
 いっつもヘラヘラして、結構・・・つか大分?軽い俺なんに・・・
 こーんなにの事も好きなんにサ。
 それなんに、いざとなったら、触ることも怖いんだなんて。」



いつもよりも近くにあるその人の顔が、
ずっとずっと、辛そうな事にも


躊躇わずには、いられない。



「壊しちまいそうで、疵付けそうで、怖いだなんて」



その一つ一つの言葉にも、全てに



「ラ・・・・」


「結局、どんなにしてても、を疵付けてた?」



そう、寄せた眉根で聞いてくる彼に、
先ほどの抑え難いほどの苛立ちが湧いてくるわけもなくて


それでも



だけど



「バッカじゃないの!?」

 
「バッ・・・・」



言われた言葉に、ラビは思いっきり言葉を詰まらせた。


だって、この人、本物のバカだ。


バカ。


「バカでしょ、ホントに!
 どうせ疵付くんなら、ラビの腕ン中のがずっと、
 何百倍だってマシなのよ!バカっ!アホ!」



抱きしめるラビの腕の中で、その胸を思いっきり殴ってやった。

先ほどの苛立ちは湧いてこないにせよ、この馬鹿さ加減に、
新しい苛立ちだって、湧いてくる。


しかも殴ってやったのに全然効いてなさそうなのが、
また苛立つ。



「ご、ごめん、マジごめんなさいっ」



痛くも無さそうなのに慌てて謝るラビにも。

よくこの人にアレだけの女が付いて来るな、とか
正直な所、呆れるほどに。


「ねえ、ぶっちゃけ聞くけどさ」


「な、何サ・・・?」


「一体何やったら、ラビがあれだけの女口説けんの?」


「・・・・・、お前、それ聞くの?」


彼女としてそれどうなのよ?とか、聞いてくるラビは
軽ーくスルー。

どうなのよ?と目で聞いて見る。
いつもより近い距離の分、気持ちが伝わるような気がした。

気がしただけで、実際はどうか知らないけれども。
でも、その時私は、そう感じたのだ。


「まあその、簡単に言えば、だ」


「簡単に言えば?」


「実際にこうやってゆっくり話したり、素の俺でいんのは、
 相手のときしかないって事」


それでも、微かに赤くなるラビの頬は、
数分前の距離では見えなかったんだ、きっと。


「ああ、カッコ付けが上手いわけね、はいはい」


「あの、まだ怒ってんの?ちゃん?」


「当たり前」


心底困ったように聞くのを
ニッコリ笑いとドスの聞いた声で返してやるのだ。

この大馬鹿者に。



「これから、返してくれるんでしょ?」


「へ?」


「ラビは、今こうやって私に触ってくれてるんだから。」


ラビは、ちょっと困ったようにしたけれど、
僅かな笑顔で頷いた。


「それに、もし疵付いたとしても」


「?」


「私の全部がラビの者。その疵も、ラビのもの。
 だから、平気なの。」



そう微笑んで見せたら、ラビは一瞬の間の後、
いつも通りのニッコリした笑顔で、力強く、私を抱きしめて、
少し躊躇ったように、優しいキスを落とした。

例えラビがどの女と何をしていようとも、
この人の心は、誰よりも私に近い場所にある。

だから、大丈夫


大丈夫なんだ。



この疵も


これからの疵も


全部、私と


それから、貴方の物、だから。








―fin...







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