こんなにも心乱れるのは

春の日和の今日だから

決して貴方のせいではない


そう、思いたい。





心が乱れて、
 切 なくて、
  苦 しくて。





温かな風が吹いた。

春と冬の変わり目は案外呆気ないもので、
昨日の寒い北風は何処へやら

今日は、温かな南風が、花のにおいを引き連れてやってくる。


今朝一斉に咲き乱れた花々は豪華絢爛の一言で、
毎年のことながら、見事な花が、風に靡いて重たそうに揺れている。


芝生が、良い色に色づいてきた。


冬は通り過ぎたけれども、迎えた春は命に溢れていた。



そっと空に伸ばした手の平は、春の淡い太陽の光に透けて見える。


赤い筋が、指先から腕に幾重にも降りている。


この中を、自分の血液が廻っている。


自分の生きている命の証。


けれども、ソレはなんて愚かな―・・・・


?」


遠い目をして、その手の平を見つめていたに、
フと掛けられた声。


聞こえた声に意外に思いながらも、さして驚いてもいない自分を感じながら
なんとなく、ゆっくりと振り返った。


白い髪が、サラリと揺れている。


春の花々に縁取られたこの世界が、
示し合わせたかのように、その姿に似合った。



「アレン。任務お疲れ。」


「有難う御座います。
 案外、早く終ってくれて助かりました。」


言って、アレンが笑う。
太陽を弾く笑顔が眩しい。

も、そっと微笑を返した。


「何してたんですか?
 中庭なんかで、ボーっとして」


「んー。いや・・・・・んー・・・・
 強いて言うならアレだ、ほら、日向ぼっこ?」


「ソレにしては、沈んだ顔してましたけど」


「・・・・・・変なトコで鋭いの、嫌いだなー」


「大丈夫ですよ。僕は好きですから」



何が大丈夫なんですか。

言いたい衝動に駆られたけれども、なんだか余りにサラっと言ってくれたから
ツッコむ気にもなれなかった。


「それで?」

「んー?・・・うーん・・・」


答えをせがむと言うよりも、まるで促すかのような物言い。

話すかどうかの決定権は、あくまでも自分に委ねられているわけなのだけど
そう問われてしまうと、逆に誤魔化しにくい所がある。



は頬をかきながら、もう一度、空に手を翳した。



一つだけ、溜息。



「なんていうか・・・・生きてるなぁ・・・って」


「なんですか?ソレ」


「うん、生きてるんだよ、どうしようもなく」



の言葉に、アレンはわからないと言った風に首を傾げる。


そりゃそうだろう。


自分でもよくわからない。



「ただ・・・・」



自分でも、嫌なくらいに分かっている事。


一つだけ、分かっている事・・・・



「この手は、数え切れないくらいの犠牲を作って、
 『生きて』る―・・・・」



陽の光に梳ける手の平。
廻る血の色が、薄く柔らぐ。

この手の作った犠牲は、覚えてもいないほどに多い。


身近な所で言えば、日頃の食事だって、犠牲であるし
自分たちにして言えば、任務に赴いた地でのことも、犠牲だ。



がそっと白い花の群生に近づく様を、アレンは無言で見つめる。


その瞳が何を思って見ているのか、自分には分からない。


けれども、その白い花を、無造作に鷲掴んで毟り取ったに、
アレンは、その瞳を僅かに大きく見開く。


先ほど、生きている証だと言った、紅い血液の廻る手の平の中、
白い花はクシャリと潰れて、花弁は一片、地面に落ちた。



「私は今、花の命を奪うことだって厭わない。」



今朝、ようやく開いた白い花。

冬の間、地面の下で、じっとこの日を待ち望んでいた花は
簡単に、の手の中で散り落ちる。


儚くて弱い。


自分の手の平に犠牲が増えることなんて、今更過ぎてどうしようもない。



アレンが、ゆっくりとに近づいてきて
その握り締めた手の平の内に収まる、潰れた花を、そっと優しく取り上げた。



「・・・・『厭わない』って言ってる割には、
 随分と泣きそうな顔してますよ、?」


「う・・・るさい・・な」



一言多いこの少年を睨みつける。

けれども、少年は飄々としていて、気にした様子も無い。


癪には癪だけれども、なんとなく、その少年の手の中で
そっとまた、形を取り戻している白い花の方に惹きつけられた。


所々折れて、水分が滲んで半透明になっている。


けれども、アレンはまるで魔法の様に
その花を、先ほど風に揺れていた形と限りなく近い造形に作り直した。


そして、今度は器用に、花の茎を編み始める。



「アレン、手先器用なんだね」


「そうですかね?マナに教えてもらって、
 結構やってたからかな。」


「私、それ出来ないもん」


も手先器用でしょう?
 今度教えてあげますよ、簡単ですから」


「・・・・・根気が続くかが問題って言うか・・・」


「あー・・・確かに、飽きっぽさでは保障しかねますけど・・・・」


言って、ハハっと笑うアレンに、思わず釣られる。


そうこうしている内に、アレンの手の平では、先ほど
が乱暴に毟った小さな花が、小さな輪を作って居て、


アレンは、その小さな輪を、そっとの指にはめる。


自分が乱暴に扱ったせいで、拉げてはいるけれども、
冬を耐え抜いた美しさは、そんな事では衰えなくて


自分の指先で、花はどうしようもなく綺麗で目を引いた。



「似合ってますよ、大丈夫です」


「だから、何が大丈夫なんだっての」



さっき言い損ねた事を、ここぞとばかりに言ったら、
アレンのニッコリ笑いが目の前にあって、息を呑む。


やっぱり、春の風景に負けず劣らず、綺麗だ。




「花が似合う人は、心の綺麗な人なんだそうです。」


「・・・・・・・・・・・は?」



何を突然言い出すんだ、この人は。



目の前の少年を見やるけれども、その綺麗な笑みは崩れない。





「きっと、花は心の綺麗な人を見分けるんですよ。
 口ではどんなに悪いことでも言えますけど・・・・・
 でも、の手の中で、この花はこんなに綺麗に咲いてます」



そっと落とした視線に、アレンの作ってくれた
小さな花の指輪。



毟り取った命が、手の平で、それでも懸命に輝いている。




「どんなにどの手が犠牲を作り出しても・・・
 花の似合う限り、きっと、大丈夫です」



その心が、本当にその輝きを失わない限り、きっと



「花は、貴女を待っていてくれますよ」


そう言ったアレンの笑みは、あまりにも綺麗で
どうしようもない位に、胸の奥が苦しくなる。



こんなにも心乱れるのは、春の日和の今日だから。


決して貴方のせいではない

決して貴方の為ではない。


きっと、こんな犠牲ばかりを背負う自分でも
待っていてくれてる物や人がいる事


それが、どうしようもないくらいに嬉しいから。



「・・・・・ありがと。」


「どういたしまして。」



アレンの作ってくれた花の指輪を抱きしめて、
呟くように言った言葉と、アレンの笑顔と。


こんなにも心惑わされるのは、貴方の為なんかじゃない。



そう、思いたい。






                         ― fin...






special thanks[哀婉