貴方が微笑む夢を見た

遠くで微笑む、夢を見た




空虚 に何を見る




「神田君が帰ってきたよ」


コムイの声が、部屋に静かに響いた時、
私は酷く冷めた気持ちで、その言葉の裏を読み取った。


恋なんて、するもんじゃない。


特に、身分違いの恋なんて、尚更だ。

白と黒の団服は、それを際立たせる。


それでも、好きになった物は仕方ないと、
半ば諦めにも似て、彼を慕った。

彼もまた、ソレを自然の様に受け入れてくれた。


しつこく後を追うわけじゃない。


格別邪魔になる存在でもなかったから、
彼もまた、傍にいる事を認めてくれたのかもしれない。


でも、それで良かったのだ。

帰ってきたら、少し言葉を交わして、触れるだけのキスをして、
暇が出来たら一緒に眠って、その心音を聞くだけ。


それだけで、良かったんだ。


「・・・・おかえりなさい、ユウ。」


そっと、冷たい頬に指を滑らせた。

名を呼んで、いつもみたいに、触れるだけのキスをする。

その胸に耳を近づけても、あの人の心音は聞こえなかった。


瞳は固く閉じられて、漆黒の双眸も見えない。


「・・・泣かないのかい?」


気付けば、コムイが後ろに立っていた。

私の瞳は、残酷なほどに乾いている。


「気付いてましたから。」

「?」

「何となく・・・覚悟は、決めてたんです。」

「・・・そう。」


でも、いざとなった時には、泣いてしまうと思っていた。
どうしようもなく、哀しくて。

漠然とした想像だけれど

その冷たい体を見た時、その場に泣き崩れると。


想像は現実味を帯びなくても、その場になれば―・・・



「実際なってみた処で、現実だって、現実味がないんですね。」


泣かないんじゃなくて、泣けないんだ。


ちゃん。君は―・・・」


「白って、染まりやすいんですよね」


もう呼吸すらしない骸から目を離さずに、言いかけた言葉を遮り紡ぐ。


「私は、ユウの黒に染まってた」


白い紙にたらされた墨汁が、滲むように広がる感覚に似ていた。


「ねえ、ちゃん」

「・・・はい。」

「神田君は、『死んだ』んだ。」

「・・・・・・・・・・はい。」


分かっているのに、そんな事。



帰りに、神田の部屋に寄ってみる。

当たり前だけど、誰も居ない。

それなのに、彼がいた時と同じまま。
最期に見た時と同じ位置に、家具は当たり前の様に置かれていた。

彼の使っていたベッドに触れる。


この部屋は、彼の匂いに満たされていて、まるで私のようだった。



「おかえりなさい、ユウ」



呟く声に答えてくれる人もいない。

私は、何を望んだんだろう。


少しだけ、言葉を交わして、触れるだけのキスをして、
暇が出来たら、一緒に眠って、その心音を聞くだけ。


それだけで、良かった。


ヨカッタ、ノニ―・・・・


「ユウ・・・」


その名をつぶやいた瞬間、私は世界の壊れる音を聞いた。



                                 ― fin...







(普通を望む難しさと愚かしさ。)
special thanks[哀婉

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