貴女の隣に立ちたいと願った

いつなれば届くのかも分からない。

ただ、夢にはならないで欲しいと願う。



わたしは まだ 頑張れる



無機質な金属音が地面とぶつがる音が、大きく辺りに響いた。
アレンは、たった今破壊したばかりのアクマの残骸を見下ろして
一つ小さな息をつく。


アクマの破壊を基とした任務は、多少疲れるけれども
然程大変と言うほどの物はない。

強いて言うなら、心痛めるものがあるだけだ。

自分に見えるアクマの魂は、確かに最期、
安堵にも似た雰囲気を纏って解き放たれていくけれども、
それでも苦しくないわけでも、痛くないわけでもなくて
アクマのあげる叫び声が、心を痛ませる。


「アーレンっ。お疲れ様」


ポンっと後ろから肩を叩かれて、ハッとして振り返った。
視線の先には、今回同じ任務に就いた仲間である少女が立っている。

その明るい表情を見て、ホッと息をついた。


・・・・
 お疲れ様です。怪我してませんか?」


「ははっ。ちょっとスッ転んで膝擦り剥いた程度。
 全然問題なし!」


言われて、彼女の足元に視線を移せば
確かに少しだけ血が出ている。

他にも擦り傷や掠り傷の小さな怪我はあるが、
際立って目立つ怪我はそれだけで、
それも、彼女自身のドジでついた物だというのだから
なんとも彼女らしい物だと思う。


「なら良いんですけど・・・・
 ちゃんと消毒しないとダメですよ?
 小さい怪我だって、油断してたら化膿しますから」


「えー。唾付けとけば治りそうだけど」


「ダメです。
 宿に戻ったら、マスターに薬借りて手当てしますからね」


言ったら、彼女はチェッとか言ってむすくれた。
子供みたいなその反応に、思わず苦笑してしまう。


アクマの破壊に心痛むものがあっても、
それでも、彼女が変わらない姿で其処に立っていることだけで
何か救われるものが有る気がする。


ボーっとの姿を見ていたら、フイに彼女の手が伸びてきて
自分の頬を擦った。
その場所が少しだけ、チリっと痛む。


「・・・・アレンだって、怪我してるよ。
 宿に戻ったら手当てだからね」


「えっ、こ、これ位別に・・・」


「アレン、化膿してグジュグジュになった顔引っさげて
 街中歩く気?だったら私、相当引くけど。」



そう、顔を顰めて言われてしまえば、
言い返すにも言葉が見つからない。


仕方なく「お願いします・・・」と、少し項垂れて返した。

ヨシヨシ、と頷くの声が聞こえてくる。

こんな些細な言葉遊びを交わすだけでも
彼女に勝てる気がしないのだから、なんだか自分としては複雑な心境だ。



「・・・・心の傷にも、塗る薬があったら良いね」


自分で自分が情けなくて思わず溜息をついたら、
思いがけない言葉が返ってきた。


顔を上げれば、いつもの強気な彼女が
少し悲しそうな顔で見つめている。

傷口を拭っていた指先が、頬のラインを辿って落ちた。



「前にね、ファインダーの人たちが
 アレンのアクマが見える左目は便利で羨ましいって
 言ってるのを聞いたことがあるんだ。」


「・・・・そう。」


「うん。
 それ聞いた時に、なんだかすごく、哀しくなった。」


「なんでですか?」


まるで自分の事の様に悲しそうに話す。

彼女の様子は、なんだか不思議な気分にさせる。



「だってさ、アレンにはやっぱり、見えてるんだよね?
 束縛された魂も、破壊された瞬間の苦痛の表情も」


「・・・・・・・・うん」


「アクマを壊すだけなら、本当は、見えなくたって出来るのに。
 便利かもしれないけど、でも・・・・・
 それって、アレンが人よりたくさん傷付いてるって、
 そういう事じゃないの?」



小さな傷は気付かない事だって在るのに

フと気付いた時には、化膿してしまっていて
手の付け様すらなくなってしまう。


「たまに、笑ってるアレンが辛そうに見える」


そう言ったは、スっと俯いてしまって


嗚呼、なんて優しい人何だろうと。


自分ですら気付かないような傷に
誰よりも早く気付いてくれる


とても聡くて、優しい人だ。


「化膿する前に、治せたら良いのに」


そう呟くの頬に、そっと手を寄せる。

驚いて顔を上げたにゆっくりと口付けた。

は最初僅かに身じろいだだけで
後は背中に手を回して、キスをそのまま受け入れる。


角度を変えて、暫く、深い口付けに酔いしれた。


少し冷たい風が吹いて、お互いドチラともなく唇を離す。


は顔を赤くして、少し乱暴に唇を拭った。



「まだ慣れないんですか?」


そのの様子が可笑しくて、笑みが零れる。

は、僅かに嫌そうに顔を歪めた。


「アレンが手馴れすぎ。
 ねえ、ぶっちゃけ私が初めてとか、嘘でしょ?
 ん?言ってみなさいブラック少年」


「さあ?何のことでしょうか?」


わざとはぐらかす様に言えば、「あーっほらっ嘘くさーっ!」と
はいつもの調子で騒ぎ立てる。


いつも通り。


誰だって日常は苦しくて、
それでも『いつも通り』で誤魔化してしまう。


『いつも通り』に振る舞うだけで
本当は誰でも傷付く物だと思うから。


だから本当は
この位の傷、たいした問題じゃないんだけれど


小さな傷は油断大敵


手の付けられなくなるまで我慢する必要はない。


「薬、ありますよ」


「へ?」


「心の傷に効く薬。」


怪訝そうなの頭に、そっと手を置いて
梳く様に髪を撫でる。


がここに居て、笑ったり怒ったり騒いだり
 たまに甘えてきてくれたり。
 僕限定ですけど、一番良く効く薬です」


「・・・・・なんだソレ」


呆れた様に溜息はついていたけれど
顔がまた、僅かに赤く染まっている。


わかりやすい人だな。


内心、少し笑ってしまう。


顔に出すと、また彼女は怒り出すんだろうから、止めておいたけど。



「僕はまだ、頑張れますよ」


どんなに傷付いても、小さな傷なら君が癒してくれる


大きな傷でも、君が元気を分けてくれる



が傍にいてくれるなら、ですけど」



「・・・・このタラシ。」


絶対他の女にも手ぇ出してるでしょ。


はそう言ってジと目で見てくる。


そんな目を笑って誤魔化して。

だって、本当にそんな人は居ないのだから。

君の代わりになる人なんて、居るはずもないんだから。



「帰りましょうか。
 まずは傷の手当、ですね」


「・・・はいはい」


差し出した手に、は自然に手を乗せて。

温もりが重なる。



「ああ、まずはお風呂に入って汚れを落とした方がいいかな。
 一緒に入ります?


「真っ赤なお風呂に入りたいならご一緒しましょうか?アレン?」


「・・・・・冗談ですよ」


本当に睨むことないのに。

いや、多少本気もあったけれども。


一瞬の間があって、結局、2人で噴出した。
繋がれた手が、ヤケに熱い気がした。



『薬』は少し、違うのかもしれない。


どちらかと言えば、栄養剤


傷なんて気にならないくらいの元気をくれる
とびきり良く効く栄養剤だ。


だから、まだまだ僕は頑張れる


君が僕の隣で、笑ってくれている限りは。


僕は、頑張れる。




                 ―fin...







special thanks[哀婉

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