夜の風がふわりと吹いて、カーテンを揺らした。

開けたままの窓とカーテンは多少無用心な気もしたが
多少蒸す部屋に舞い込む風は心地よくて、まあ良いか、なんて思ったりして。


膝の上に乗る髪を、サラリと撫でた。


「ラビー、そろそろ部屋に戻らないと、
 ブックマンに怒られるんじゃない?」


声は掛けてみたけれど、反応は返ってこなかった。


相変わらず、よく寝る奴だなぁと思う。


だから図体ばっかりデカくなるのよ、と
軽く鼻を弾いてやれば、眉を顰めて、小さく唸った。


だから、いい加減起きなさいって言ってるのに。


定期的に音を刻む時計を見やる。


今日も、あと30分を切っていた。


まあ、0時を過ぎるまではこのままで良いか、なんて
俗に言う膝枕な足を、ラビを起こさないようにそっと崩した。


散々ちょっかい出しても起きなかった彼は、
やはりと言うか、そのくらいの振動では起きようともしない。


少しばかり無防備すぎるその寝顔を、
ほんの少しの苦笑で見つめながら、赤い髪をただゆっくりと梳いた。



彼の誕生日である今日



一応教団内でも、居合わせたメンバーで誕生日パーティーは行われたし
前々用意しておいたプレゼントだって、ちゃんと渡した。



それでも、皆そろそろ解散して部屋に戻ろうとなった頃
彼は自分の方に近づいてきて、極上の笑みで甘えてきたのだ。


「今日一日は俺と一緒にいて、」なんて
何だかんだで、彼と一日一緒の日は割りとあるって言うのに、
改めてそんな風に言われてしまうと、断れなかったりする自分の弱み。


仕方ない、とか言いながら、ブックマンの目を掻い潜り
自分の部屋に招き入れた。


ブックマンも気付いている様な気はするけれど
見て見ぬフリをしてくれているのだろうか、今の所、時間は穏やかに過ぎている。


とは言え、最初こそ雑談を交わしていたものの
深夜が近づくにつれてウトウトと舟をこぎ始めた彼は、
いよいよと人の膝を使って眠り始めて。


結局二時間近くは、この状態でほぼ硬直している。


本でも手元に置いておけば良かった、とか思ったのは
ラビが眠り始めてから30分位した後で


仕方ないから、先程の様に起きる兆しの見えないラビを
弄ったり観察したりしていたら、あっと言う間にまた一時間過ぎていたなんて話は
流石に恥ずかしくて出来やしない。


幾ら見ていて飽きない奴とは言え、どれだけ好きなんだ、自分。


スヤスヤと、無防備すぎる寝顔を見つめていれば、
またあっという間に時間が過ぎてしまいそうで、逆に怖いものがある。


あまり遅くなれば、いよいよブックマンの鉄拳が飛びそうだし
0時まで、の時間は守らせるつもりだ。


今日一日もあと10分。


ラビが主役のお姫様でいられるのも、同時に10分だ。



「0時がタイムリミットじゃぁ、差し詰めシンデレラかな?」



クツクツ笑いながら、夜の風に身を任せる。


ガラスの靴は流石に落とさないだろうけれど、
ああでも、何か落としていってくれないと、王子様が見つけてくれないよ。


―― って、王子様って私か?


立場、見事に逆転してるなー、とか
一人ごちながら、アレ、ちょっと自分寂しい人になってるのかな、なんて思うのはもう今更で
時計が刻一刻と時を刻み進んでいく。



「ラビ、誕生日最後の一瞬に、何か一言ー」



インタビュアーチックに手マイク差し出してみたけれど、
返事は寝息で返されるだけだった。


誕生日最後の一言は「Zzz・・・・」で良いでしょうかね、ラビさん?


「今年も相変わらずなヤツになりそうだなぁ」


苦笑しながら呟く。


ああそれでも、一つ歳を取って大きくなった君へ

またこの歳にも、たくさんの幸有れ。


願うようにそっと、無防備すぎる唇に、自らを重ねた。


小さく落とすつもりだった口付けは、けれども思いがけず
それを上から押さえるような手に阻まれて、長い長いキスへと変わる。



カチっと、円の頂点で重なった短針と長針の音を聞いて
ようやく離された手と唇。


すぐ目の前で、悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。



「シンデレラって、王子様のキスで目ぇ覚めるんだっけ?」

「そりゃ白雪姫でしょ、バーカ」



やっぱり起きてたわね、と鼻を摘まんでやれば、
イタイイタイごめんなさい・・・!!と、涙声で盛大な謝罪。


魔法の解けたお姫様にしては、何とも色気のない会話だ。


「んで、いつから起きてた?」

「んー、起きたのはさっき。なんか夢現だった。」

「あっそ、じゃあまあ良いや。」

「あ、でも一回少し目ぇ覚めた時
 が滅茶苦茶見ててビックリしたさー」


いやぁ、俺赤面しちゃうかと思った、なんて、両頬に手を添えて言うラビの頭を
盛大に落としてやった。


落とした所で、場所がベッドの上なら布団が受け止めてくれるわけで、
何とも意味を成さないことこの上ないけれども。


「ってぇ!?何するんさ!!」

「痛いわけあるか!!そこはサラっとスルーしなさい!!」


ああもう、ラビを観察して時間潰してた件を見られてないなら
まあ良いかとか思ってたのに、あえてそこにツッコむのだから意地が悪い。


けれどラビは、グっと身を乗り出したかと思えば顔を寄せてきて。


子供みたいな企み顔が、すぐ近くにあって、思わず赤面しそうになる。


「なぁ、何思ってたん?」


「な、にが・・・・」


「んー、俺の寝顔見ながら?」


「別に・・・・・」


「ん?」


「睫毛長いなーとか・・・」


「うん、」


「首痛くないかな、とか。」


「うん、」


「あと、絶対私のほうがラビの事好きだとか思って、悔しくなってみたり」


「あはは、何さソレ」



だって流石に。


ラビの寝顔観察してて、気付けば時計の針が一周していた時には
本当にもう、自分で自分が恥ずかしくなった。


ラビは、そのまま軽い口付けをして
「大丈夫だーって、」なんて、いつもみたいに笑う。



「一つ歳食った俺も、の事大好きだから、」




多分俺も、お前が好きな気持ち負けてないさーなんて、
お気楽な笑顔で、よくそんな言葉がポンポン飛び出してくる。


最終的に赤面した自分は、悔しいながらに話をはぐらかすしか方法を持っておらず
「そろそろ部屋に戻りなさい!」と、扉を思い切り指差した。


ラビは盛大に不満の声を上げたけれども、
ブックマンの名前を出せば、いそいそと帰り支度を始める。


まったく、やっぱりブックマンには敵わないらしい。


部屋を出ようと扉に手を触れた瞬間、
ラビは唐突に「あ、」と声を上げて。


首を傾いだ自分を、振り返る。



「シンデレラは、ガラスの靴落としてくんだっけ?」



やっぱり、悪戯っぽい笑みで言う。

そんなラビに、肩を竦めながら
「そんなの持ってないくせに」なんて笑って言って。


「良いよ、ガラスの靴なんかなくたって、
 私のお姫様くらい、ちゃんと探してみせるから。」


「おっ。俺愛されてんなー」


アンタじゃ嫌でも目に付くしね!とベーっと舌を出して、
けれども、下を収めた唇に、再び落ちてくるのは口付けで。


「そんじゃ、俺が落としてくのは、
 素直じゃない王子様への口付けで、」

「・・・・話変わってんじゃないの、」

「それでも、終わりはやっぱり
 『こうして、王子様とお姫様は末永く幸せに暮らしました』っしょ?」

「さぁ、どうかなー。思いがけずバッドエンドかも」

「ダーメ、ハッピーエンドなの。」


俺が決めた、と笑うラビ。


だから、どうしてやっぱり、自分が王子でラビが姫なんだ。


呆れた様に言えば、ラビは「まぁ良いじゃん」と気楽な答え。


「要は、俺とが揃ってれば良いんさね」


性別逆転なんて小さい問題さー、だそうで。


小さい問題か?ソレ・・・・


ラビはしばらく人の頭を撫でながら笑った後、
そんじゃ、部屋戻るわ、と部屋の扉を開けた。


「また明日なー、

「うん、お休み、ラビ」


手を振って、ラビはほんの少し名残惜しそうに
いつもよりもゆっくりとしたスピードで、扉を閉ざした。


そんな小さな行動一つが、無性に嬉しかった、なんて秘密で。


夜の風が舞い込んで、気付けば
ラビの残り香が包んでいる事に気付く。


彼の香りが、風に乗って何処かに行ってしまうのが
何だか少し寂しくて、部屋の窓をパタンと閉めた。


閉ざされた無音空間に、廊下で一つ、足音が遠ざかっていく。


息を吐きながら、その音が聞こえなくなるまで耳を澄ました。


「おやすみ、ラビ」


今日はどうか、良い夢を。


明日の朝には、またちゃんと見つけ出して、挨拶をするから。



「ハッピーバースデー、私のお姫様!」


何だかもう、ラビが相手なら王子様で良いや、とか思いながら
まだラビの香りが残るベッドの上へと、寝転がった。




シンデレラマジック
0時になっても解けない魔法、明日また、王子がお迎えに上がります

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