それは、戦争の最中だった。



一般人には、恐らく一生知らされることのない、


けれども確かにこの戦争で、何千もの人々の命が消え

けれどもその何千もの命が勇ましく戦い消えた事など
殆どが知らされず一生を終えていくような


そんな、いつかは闇へと消えていく



とても孤独で凄惨な、戦争の最中、だった。







  秘密魔法けられて






いつの間にか眠りに落ちていたらしい。

少し埃っぽいような、古びた紙の匂いに囲まれて、目が覚めた。

頭をほんの少し持ち上げれば、そこに紛れて
微かに香る、ローズ系のシャンプーの香り。



「・・・・悪ぃ、肩借りちまったな。」



ラビが言うと、甘い香りをフワリと揺らしながら、
は「大丈夫、丁度小説が読み終わるところ」と笑った。



不思議な女だな、といつも思う。



ここは一応、談話室として解放されている一室だった。

とはいえ、戦火が激しくなる一方のこの場において、
雑談に興じるほど暇な人間も、ここにはいなかった。


いつもがらんどうのその場所は、
ブックマンと2人部屋で気の休まる場のない自分にとって、
唯一、落ち着いていられる場所となっている。


そして、いつの頃からだったか。


自分がこの教団に入団してまだ数年位なものだから、
まだ然程長くはないのだろうが



いつの間にか、その空間の隣に、
ちょこんと、彼女がいるようになった。


それはもう、極々自然に。


彼女は、自分の隣に座り、温かい珈琲をいつも2つ分持ってきて
自分は滅多に読まないような幸せそうなお話の小説を、
ゆっくりゆっくりと時間を掛けて読んでいる。



ブックマンにも、誰にも、見せられないような
情けない場面も、彼女には幾度か見られている。



彼女は何も言うわけではなかったけれども
確かに感じる人の温もりに、数回、思わず涙腺が緩んでしまったのだ。


それでもやはり、彼女は何も言わず、
ただ隣にちょこんと腰を掛けて、静かに肩を貸してくれるだけだった。



そして、その温もりがある時だけ、
何故か自分は、そこが戦争の最中である事も、自分の境遇も
忘れてしまう事ができた。


そうして見せてしまった、情けない数回である。
けれども彼女は、何も気にした様子がないように、次にもまた
2つ分の珈琲と、自分は読まないような小説を持って、
此処でゆっくりとした時間を過ごす。


自分の隣に、ちょこんと座って。


そして今日も変わらず。


泣き疲れて眠ってしまった自分に、
彼女は、いつも通りの様子だった。


不思議な女だな、といつも思う。


同時に、その存在がありがたくて仕方ないのも事実だった。



「なぁ、はさ、」


「ん?」


「何で俺の傍にいてくれんの?」



ラビは問いかける。


その問いは、もう幾度目とも分からない。


その問いに彼女が答えてくれた試しはないけれど
今日は何故だろう、気が向いたのだろうか。


彼女はほんの少しだけ、考える素振りを見せた。



「んー・・・・何でだろうね?」


「わかんないんさ?」


「まったく・・・って訳じゃないんだけどね。」


「じゃあ、何で?」



何か、答えが欲しくて、再び問いかける。



それが別に、「やっぱり分からない」でも構わなかった。


そんな、戯れる時間のような会話がしたかった。



「多分ね、」

「ああ、」

「私が泣いてる時には、
 ラビに傍にいて欲しいって、思ったから。」



言って、残りほんの数ページしか残っていない小説を
パタンと閉じる。


向けられた笑みに、ラビは少し間の抜けた表情を見せてしまった。



「だからきっと、私はいつでもラビの傍にいるんだと思う。」



ラビが笑ってる時でも、泣いてる時でも


例えば私が笑ってる時、泣いてる時、


傍にいて欲しいって、思うから。



「なんかそれ、恋みたいさな。」


そんな、普段なら口にも出来ないような言葉が、
スルリと零れ落ちて、そんな自分に自ら驚きつつも、


笑っていったら、そうかもしれないね、と彼女は返した。



それはある意味、逃避行動なのかもしれない。


けれども、この戦争の最中で、確かに必要な温もりでもあった。



「多分、俺もそうさ。」


「恋みたい?」


「ああ。泣くときは、の隣で温度を感じてたいし、
 が泣いてる時は、抱きしめたいって思うんさ。」


「恋―――なのかなぁ」


けれどもそれは、そんな生々しいものではなくて
もっと穏やかな、温かくて、愛情に溢れるような―――



「別に、構わねぇさ、それでも。」



少し――ほんの少しだけ腑に落ちないでいたに、ラビは言った。



「これからも、傍にいて。
 そんで、の隣に、いられるんなら。」


それでも構わない。


そう思う。


彼女の隣では、戦争の事を忘れてしまう。


その逃避にも似た光の様な救いに、
もしかしたら縋っているのかもしれないけれど


『恋』と言われれば自分はそれで、納得できた。



彼女の傍に、こんなにもいたいと思うのだから。


少し違う形かもしれないけれども、それはきっと、恋なのだ。


ただ、おとぎ話のように素直にいかないだけで。



「それでいいさ、俺は。」


そう言って、甘えるように彼女の肩に顔を埋める。

彼女の吐息が髪をサラリと擽って、
彼女もそっと、その身体を抱きしめてくれる。



このひと時が、何よりも大切な温もりに抱かれる時間。


それだけは、どんなに言い繕おうとも、事実だった。



古い紙のにおいと、珈琲の香りと、彼女の温もりに包まれて


またひと時の、逃避にも似た幸福を、共に過ごして


『恋みたい』な恋する時間を、ゆっくりと、ゆっくりと、過ごすのだ



彼女の隣で。



理由は単純で、複雑で、それでいて何よりも、明快だ。