約束は祈りになる

祈りは希望になる

希望は絶望になる





おかえりと微 んで






温かくて過ごしやすい日だった。

冬にしては、陽射しも心地良い。

雪に照り反射する光だけが、鋭く肌を焼いた。

どこか遠くで、溶けた水を吸って重くなった雪の落ちる音がした。

その音が、まるで自分の中で聞こえているような錯覚を起こす。

少女が口にしたのは、タチの悪い冗談だった。


「や・・・だな・・・・ちゃん・・・笑えないよ?ソレ」


誤魔化すように、笑って見せた。

だって、それは余りに唐突だ。


「笑わないでよ。これは予感だけど、でも・・・」


君の予感はよく当たる。

それは認めるから


だから


「私は、この任務から帰って来れない気がする―・・・」


それだけは、言わないで。







悪夢に魘されて目が覚めた。
あの日の夢とは、タチが悪い。

ぼんやりと視界に迫る天井で、自分が仮眠中であった事を
ゆっくりと認識した。


ドア越しの向こうで、人の話し声や足音、
髪の擦れる音や機械音など騒々しい。


もう一度眠る気にもなれなくて、まだ少しダルい体を起こした。


胸元で、チリンと小さな金属音がする。


首に下がる、長い2つのチェーンの先に、小さな指輪が1つずつ付いていた。

今では、2人の気持ちの形など、それしか残っていない。


シルバーのエンゲージリング。


約2年の時の前に、彼女がコムイに、コムイが彼女に送った物。


今は無理でも、いつか全てが落ち着いた時、それを嵌めようと。

それまでは、お互いの首に、其れを掛けていようと・・・・



「約束してよ、


あの日の様に、呟いた。

目を閉じた先の、彼女の幻影に縋りつく。


「必ず、此処に帰ってきて」


暗い視界で、困ったように彼女が笑っている。


「また帰ってきてさ、一緒に暖かいベッドで眠るんだ。
 一緒に笑って、少し馬鹿やっちゃう僕を、君が叱ってくれなくちゃ」


仕事をエスケープした時に、真っ先に僕を見つけてくれる。

不安で眠れなくなった時に、抱きしめてくれる。

少し無理をしていたら、心配してくれる。


きっと、誰よりも自分の事を分かっている。

きっと、誰よりも自分の事を大事にしてくれる。

だから、君を大事にしたいと思えた。

だから、君じゃないと駄目だと思えた。


君じゃないと、駄目なのに―・・・


『コムイ』


は、困ったように笑ったまま、首から提げていた指輪を外す。

自分より、頭一つ分高いコムイの首に、自分の其れを掛けて微笑んだ。


『約束する。この指輪にかけて!』

「・・・この指輪は、返すって言う意味?」

『違うよ、失礼だな。
 この指輪は、今私の中で一番大切な物なの。
 だから、一旦コムイに預けておく。私が帰ってきたら、其れを返して?
 私、絶対に其れを返してもらうために、帰ってくるよ』

それから、おどける様に、いつもの様に

自分を元気付けるために、笑って見せた。


『あっ、私が居ない間に、他の女にあげちゃうのはナシね!』


その笑みに、思わず、いつもの様につられて笑ってしまうのだ。


「嫌なら、早く帰って来るんだよ、?」


その約束は、もう果たされない。

彼女の『予感』通り、彼女はあの任務から戻らない。

後に、ファインダーから連絡があった。


街は、綺麗に滅ぼされていたと。


彼女は死んだのだと、漠然と思った。

ただ、それでも彼女が生きている気がするのは、
予感か、依存か―・・・


後者だろうと、自嘲的に笑った。



「それにしても、本当に騒がしいな―・・・・」

「室長!!」


何事だろうと様子を見に行こうとしたら、
逆に向こうから扉は開いた。

慌てた様子のリーバーが入ってきて、急き込むように言った。


「―・・・っ!!」











リーバーに言われて、慌てて地下水路へと向かう。

その言葉は、未だに信じ切れていないが、何処かで、
『やっぱり』と思う気持ちがあった。


階段を駆け下りる。


!」


見えた姿を、思い切り抱きしめた。

腕の中で呆然とする彼女は、確かに暖かい。


「コム・・・イ・・・・」

ぼんやりと呟いたのは、確かに彼女の声だ。

それから、溢れるように背中に回した腕の力も、流れる涙の温度も


全部、変わらない彼女の物だ。



「ごめんね・・・ごめん・・・・
 任務、失敗しちゃって・・・・近くの町の人に、保護されたの。
 でも・・・あの辺、戦争が起こるらしくて、動けるようになったときには
 国境、塞がれちゃってて・・・それで・・・」


嗚咽に混じりながら説明する彼女を、きつく抱きしめる。


「本当に・・・心配したんだよ」

「うん・・・・」

「君は行く直前に不吉な事言うし・・・・」

「ごめんなさい・・・」

「お説教しなくちゃ気が済まないよ?」

「それはイヤ・・・」


それから、惹かれるように唇を合わせて、

そっとの体を放す。


「でもさ、今は・・・ね、」


そして、自分の首に掛かっていた彼女の指輪を、
在るべき彼女の首に掛けてやった。

お説教もしたいけど、話したい事もたくさんあるけど

でも、今は・・・・


「おかえりなさい、


そう言って、微笑んで


「ただいま、コムイ」


そう言って、微笑み返して


それが今、何よりも大切で。



手を取り合った2人の首に、指輪が光った。


約束は祈りになる
     祈りは希望になる


希望は絶望になる
     絶望は祈りになる


祈りは約束になる
     約束は、微笑へと変わる―・・・・






                    ―fin...









special thanks[哀婉

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