風の様に 掴めない人


そんな人を好きになったと言うのなら


それはよっぽどの、愚か者だ




か者と おし




清浄な秋の朝の冷たい風が、頬を撫で去った。
僅かなまどろみの中感じたソレと、
金木犀の甘く気だるい香りに肺を満たして夢現を彷徨う。


―― ああ、今日は何か、良い事がありそうだ。


毎朝の些細な出来事にそう感じて、1日を始めようと身を起こす。


今日は本当に良い日だ。

冷たい風が心地良くて。




例え隣に、見知らぬ男が寝ていようとも・・・・・。



「って、えええぇえぇえぇえええっ!!?何でっ!!?」


「うるせぇ」


たまらず叫べば、短い言葉と共に頭を掴まれて、
布団に引きずり戻される。


どうやら、起きていたらしい。

この赤毛の、仮面で顔半分を隠した、煙草臭い男。



何故か男はほぼ半裸で、気付けば自分も、一糸纏わぬ姿。


この状況で、”まあ、一体何があったのかしら?”なんて、
乙女ぶっこいてる余裕も無い。


「えー・・・っと・・・
 ヤる事、ヤっちゃいました?」


恐る恐るだが聞く。

恥じらいとか、気にしていられない。


「ヤったな」


短い答えに、ああやっぱり・・・と、項垂れた。

どこか遠くのほうで、鶏が鳴いていた。

外は呆れるほど喉かなのに、此処は酷く、非日常的だ。


それでもまあ、ヤっちまったもんはしょうがないか、と
努力したポジティブ思考で自己完結。

一々の出来事とか諸事情とかにショックを受けてやれる程、
人も良くなんか無い。


それでも、一点においては頭を抱えたりもする。



「昨日の記憶・・・・ないんだけど?」


「あれだけ酒に潰れていれば、当然だろうな」


「・・・・酒?
 あー・・・そっか、酒だ。」


そうだ、酒だ。

昨日は、滅多に飲まない酒に潰れていた。


「ヤケ酒か?」


男は煙草を吹かして、さして興味も無い様に聞いた。
まだ半ボケな頭を掻いて、あー・・・・っと、マヌケな声を出す。


「まぁ、そんなトコ。父さんがね、病気で死んで。
 べっつにさぁ、薬飲み続ければ治る様な病気だったんだよ?
 でもまー、財産的にやっぱムリなトコあって、結局死んで。
 そしたらさ、死ぬ間際になって、なけなしの遺産残して、
 『キレイな嫁装束でも買えよー』とかヌかすから。
 だったら、自分の薬買えっつの。
 癪に障ったんで、ちょっとばかり親不孝したくなったの。」


ハッと鼻で笑ってやった。
本当に、最期まで人が良くて優しい人なのだから


「母親は?」

「かーさんねぇ。知ーらない。
 私が生まれて、物心ついた時にはいなかったし」

裸である事なんかもうどうでも良くなって、
っていうか、布団の上でこんな身の上話も野暮だし、
それを誤魔化したい事もあって、大きく伸びをしてやった。

男の吹かす煙草の匂いは少しきつくて、
でも、夢現な金木犀の香りを掻き消すのには丁度良い。


「可哀想・・・・」


「はっ!?」


「とは、言ってやらんぞ」


「・・・・・あ、ああそう。なんだ、ビックリした。
 つか、思ってもらおうとも思ってないから」


むしろ、この歳まで親がいてくれただけ幸せだ。

男は、面倒くさそうに『そうか』とだけ言った。

興味がないなら聞かなけりゃ良いのにと思う。


「此処から江戸は、どの位の日数掛かる?」

「江戸?峠を越えれば、大体・・・4・5日って所かな?」


何、江戸に行くの?と聞けば、まあな、とだけ帰ってきた。

掴めない男だ。

それから、煙草を口に咥えて、
ボーっとしてた頭を掴まれるように撫でられた。


「酔って自分から誘うような真似はもうすんなよ。
 相当マヌケだったぞ」


「・・・・・・・。
 えっちょっと待った!
 私から誘ったの!?うっそぉ!!?」


それは予想外だった。
しかも、マヌケだったとは・・・・


一体どんな誘い方をしたのかと、昨日の自分に問いたい。


男は立ち上がって、
その辺に散らばっている服を手に取り身に纏い始める。


「もう行っちゃうんだ?」


「あまり長くもいられねえんだよ。
 追っ手が来る」


「・・・・・何、悪い事してる人なの?」


別に驚きもしないけれども。

言ったら、少しだけ、男は笑った。


その笑みに、ときめいた自分はまだまだ若い。



「宿代は1日で払ってある。」


「あれ?
 代金、そっち持ちなの?」


「・・・・・お前はまだもう少し寝てろ。俺は行く」


「ふーん?
 何も言わずに行くとな?
 せめて一晩の関係を持った者として、
 名前くらい名乗っていくべきだと思うけどね?」


異国の黒いコートをバサリと羽織って
もう早々にと出て行こうとする赤毛の男に、は言ってやる。


男は、煙草を口に咥えたまま、ただ短く、言った。


「クロスだ。」


「私は


「知ってる。
 昨日散々言ってただろ」


「・・・・・全っ然覚えてないっつの」


ほんと、何したんだ昨日の自分・・・・



「またこの町に帰ってくる?」


「さぁな。」


「・・・もし帰って来て・・・その時に、
 また誘ったら、相手してくれる?」


「もう少しイイ女になってたらな」


「はいはい、どうせ垢抜けない田舎娘ですよーっだ」


ンベッと舌を出してやったら、クロスは口元を笑ませて
ただ戸を閉めただけだった。


あの苦しくなるような赤い色がなくなると、
そこは、本当になんでもない、ただの宿屋だった。


クロスに言われた通りに、もう少し寝てようと布団を被る。

あの男の吸っていた煙草の匂いが、布団に染み付いていた。

鈍く痛む腰が、昨日確かにヤる事ヤっちゃったんだ、と思わせるけど、
なんにも覚えてないのが相当悔しい。


「また、帰って来るかな」


来なさそうだけど。

なんたって、あの掴めない男だ。

でも、少し期待位していたい。

イイ女に位、なって待っててやりたい。


今日は非日常的で、結局は、良い日なのかもしれない。

薄れてきた煙草の匂いに、また混じり始めた金木犀の甘だるい香りに
ただ遠く、そう思った。


それでも、男は風の様につかみどころが無くて


風に焦がれている自分は


相当な愚か者だ。





―fin...





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