冬は足早に春に変わる


春は優しく身を翻し夏になる


夏は駆ける様に通り過ぎて秋になって


秋は偲ぶ事もせずに冬に身を枯らす




この んだ 恋情
どうしろと言うの?





今年の春の訪れは、例年よりもずっと早い。
毎年、まだ雪が降っていて凍えるようなこの季節のはずなのに
今年は雪も降らなければ、凍えるような寒さも無い。


寒い北風は、乾いた肌をきつく愛撫する物の
その中に僅かに含まれる温かさは、春の初めの風そのものだ。


もうすぐ生命は、冬に貯えてきた輝きを一斉に開かせる。


寒い灰色の季節の中で貯えてきた色とりどりの命の彩は
今年どれほど美しく光放つ物だろうか。


気持ちが落ち込んでいた春も勿論あったし、
寒くて寒くて、凍えるような春もあった。
疲れきって世界に色を失ったような気持ちで迎えた春だってあった。


それなのに
どんなに苦しい気持ちで迎えた春でも
いつだって、どんな時だって、春は変わりなく美しかった。


その命の花が開き、豪華絢爛に世界が彩られる春は
どうしようもなく素晴らしくて、心が揺さぶられるようで

意味もなく泣きたくなるような、誰か大切な人に抱きしめてもらっているような

そんな、限りなく暖かい気持ちにさせられた。

苦しくて苦しくて

それなのに、もう一度頑張ろうと言う気持ちにさせられた。


もうすぐ、そんな春が来る。


今年は、どんなに素晴らしい春が来るだろう。
目を閉じて想像しただけでも、心は勝手に躍る。



「・・・・あれ?」


もうすぐ其処まで来ている春を思い浮かべて、
思わずもれる笑みを隠そうともせずに、教団前の桜並木に来て見れば、
そこの一際大きな木の下に、見慣れた赤い物体が寄りかかっている。



「ラビ・・・?」



まだ寂しい桜並木にいた思いがけない先客に
多少驚いたような声で呼ぶ。


返事は、ない。



「おーい、ラビー?」


近づいて、呼んでみる。

返事が返る気配、ナシ。


変わりに聞こえる、マヌケな寝息。


なんだ、寝てるのか、と思わず溜息。

残念で吐いた息なのか、呆れで吐いた息なのかは、知れた所ではない。

でも、多分、理由は両方だ。きっと。



「ラービー。
 いくらなんでも風邪引くよー?」



いくらもう暖かくなり始めているとは言え
まだまだ風は冷たいし、日向ぼっこと決め込むには
陽射しは鋭くカラカラの土の上に影を落とす。


確かにラビはマフラー常備だし首元は温かそうだけど
だからと言って、こんな所で寝こけていたらいくらなんでも
風邪っぴき間違いなしだ。



やれやれ、と。

今度は呆れを強くした溜息をついて、ラビの体を揺さぶった。


「ほら、ラビ。起きた起きた!
 風邪なんか引いたら、ブックマンにお小言いーっぱい
 言われちゃうんだからねっ!!」


そんなの、イヤでしょ!?と少し声を張って言ってやる。


そのお陰か、ラビはんー?と寝ぼけたような声を出して
まだトロンとした目を何度か瞬かせて、自分を見上げてきた。


いつもは自分が見上げる位置にある顔が
今自分を見上げてくると言う位置関係が、何とも言えず不思議だ。


しかも寝ぼけ眼で見上げてくるから、
なんとなく、いつものラビじゃないみたいに見える。



「・・・・・・・・・・?」



ようやく目の前に居る人物を理解したらしいラビが
眠さで舌足らず気味の声で名前を呼ぶ。


呆れた様に笑んでおはよう、と言えば、んー・・・と
分かったんだか、分かってないんだか分からない返答。



「何してたの?ラビ。
 こんな所で寝てたら、風邪引いちゃうよ」


ラビは、少し乱暴に頭をガシガシと掻いて考える。
その際に、バンダナが乱れて髪が落ちてきてしまい
面倒くさそうに、首元までソレを下ろして、答えた。


「・・・・言ったら、、ぜってぇ笑うから、言わねー」


「ええ!?なにそれ!!」


予想外のお答えに、思わず声を上げる。

多分まだ寝ぼけてるんだろう。

少し大きな声を出したら、軽く眉根を寄せられて
は、いけねっ。と、口元を少し押さえた。


そして、今度はなるべく声を大きくしないように声を掛ける。


「教えるくらい、教えてよ」


「・・・・・笑わないって約束できるんか?」


「・・・・・するよ。」


なんだか、軽く子ども扱いされてるみたいだ。

ムスっとして答えたら、ラビは軽く笑って
それから、自分の隣をポンポンっと叩いてみせる。


どうやら、隣に座れということらしく
は言われたとおりに従って、ラビの隣にちょこんと腰掛けた。


同時に、肩に重みが掛かる。


ラビの頭が肩に乗せられていた。

柔らかい髪が首筋に当たって、少しくすぐったい。


それでも、ラビが質問の答えを発するまで頑張って堪えてみた。



「元気、もらってたんサ」




やがて、ゆっくりと口開いたラビの声が余りに穏やかで
は驚いて、自分の肩に頭を預けるラビを見やる。


声と同じくらいに、穏やかな笑みだ。


まだ灰色掛かった世界で、其処だけが、鮮やかに色づいている気がする。



「元気?」


「冬の木って、春に向けていろいろ準備してるっしょ?
 花咲かせるためだったり、冬堪えた葉を艶やかにするためだったり」


「・・・・・・うん」


「冬から春に掛けての木って、命の塊なんさな。
 だから、こうやって根っこの所に座って、背中預けてボーっとしてるとさ、
 お前もがんばれーって、元気を別けて貰ってる様な気持ちになるんサ」


「命の塊、か」


「しんどい事ばっか続くからサ。
 それでも、気持ち楽になる気がする」



そう言って、ラビは目を閉じる。

ラビの言葉を借りるなら、木から元気を別けてもらったから。


だからきっと、今のラビは、
すごく満たされた気持ちなんだろうなと思う。


少しだけ、ラビに寄りかかってもらえる木に嫉妬してしまったり。



「あんまり元気貰っちゃったら
 木が花を咲かせるの、遅くなっちゃうよ?」



だから、ほんの少しだけ、嫌味。

春が来るの、遅くなっちゃうよー。なんて。


それなのに、ラビは眠たそうな声で、笑うんだ。



「そっちの方が、俺、好きかも」


「へ?」


「待ちわびて来た春の方が、綺麗な気がする」


「・・・・・・ああ・・・」



ラビの言うこと、ほんの少しだけわかる気がした。
だから、静かに頷く。



が俺の恋人になった時みたいな気持ちさな」


「へぁ?」


繋がりがあるんだか無いんだか分からないその言葉に
驚いてラビの方を見れば、悪戯っぽく笑って見上げるラビの視線が
なんだかすごく近いところにあって


思いがけず、そんな表情を目の当たりにしてしまって


顔に、一気に熱が集中する。



「な、なにソレ!」


「俺、『友達』だった時、すっげぇ我慢してたんだぜぇ?
 そりゃぁもう、今すぐ抱きしめたくなるよーな」


「し、知らないよ、そんなの!!」


初めて聞いたよそんなこと。
慌てて言うと、ラビはクツクツと笑う。

口から出任せか、本心何だか、さっぱり分からない。


「でもサ、」


それから何か思い出すような優しい眼で、見上げてくる。
さっきから、変に心臓がバクバク言ってる。



「すっげぇ我慢して、本当にの事抱きしめて
 柔らかさとか、温かさとか甘い匂いとか。
 全部腕の中に納めた時、俺、すっげー満たされたんサ」


「・・・・・・・」


「今は、満たされても満たされても
 その分乾いて、もっと近くに居たいとか
 ワガママになっちまうけど。
 それでもやっぱり、と居るだけでも満たされる。」


見上げた優しい瞳が、柔らかく細められた。


―― キレイだ。



「春とは、よく似てるサ」



「・・・・バーカ」



照れ隠しについた悪態に、ラビがムスっとした顔をする。
そんなラビの額を、指でピンっと弾いた。


「私はラビを置いてったりしないんだから、
 そんな駆け足な季節と、一緒にしないで頂戴。」



「?」



「季節は、簡単に人を置いて進んじゃうよ。
 私は、ラビと同じ速度で進んでいくの。」


キョトンとしたラビの顔。


思わず、吹き出してしまう。


なんだか、今日のラビは、子供みたいだ。


笑うなって!とか、ラビが怒ってる。


ごめんごめんと、笑って返す。



風が吹く。


冷たい北風。


何となく2人、そのままの体勢で指を絡めた。


もうすぐ、春が来る。

どうしようもなく満たされて、眩しいくらいの春だ。


冬は足早に春に変わる


春は優しく身を翻し夏になる


夏は駆ける様に通り過ぎて秋になって


秋は偲ぶ事もせずに冬に身を枯らす


全て一瞬で、足早な季節だ。


ラビが自分を『好きだ』と言った時から

自分はラビと同じ速度で進むと決めたから。


そんな駆け足で置いていってしまう季節と一緒にしないで欲しい。




「・・・・・じゃあ、はずっと隣にいて
 元気、くれるんさな」


「ん?」


「春だけじゃなくても、こうやって寄りかかって。
 元気分けてくれるんしょ?」


「・・・・・うん。
 置いていったり、遅れたりもしないよ。
 ずっと隣に居る。」



そっと、目を閉じた。

サワリと、寒い木が揺れる。

さっき私が、彼が寄りかかる貴方に嫉妬したように


今度は貴方が、彼に寄りかかって貰える私に、嫉妬すれば良い。



                                    ― fin...



special thanks[哀婉

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