さよならは 言わないで

ありがとうも いらないから

一つ

たった、ひとつだけ――・・・・




い服で君を






心に大きく開いた穴が、塞がらない。

足りない

そこに、当然の様にあった太陽が消えてしまって、
何時もの様に日は過ぎるけれど、確実に何かが足りなかった。




行き場の無い怒りが、体の中で深く渦巻く

―― 誰に対しての怒り?

それは、自分自身に対しての





目の前が真っ暗になる程に、悲しみに暮れて

―― そんな事して、解決策は?

答えは、否






何も出来ない自分に、無気力感

―― その後に残るものは?

それは



 君が消えた後に残った


深い 深い 闇の色







バカみたいに繰り返したサイクルから、抜け出せない。

きっと、は今頃は柩の中に居る事だろう。

先日、君を染めた紅も拭われ
綺麗に 綺麗に 洗われて

誰かが思いを馳せ入れた、美しい花々に埋もれて
眠るのと変わらないように、柩の中で眠っているはずだ
永久に目覚める事のない、長く長く深い、眠りへと、堕ちているはずだ。

・・・・変わらない・・・・・

そう。
ただ、自分の腕の中で眠っていないだけ。

ただ、もう二度と微笑んでくれないだけ。

ただ、もう二度と名前を呼んでくれないだけ。

ただ、冷たくなってしまっただけ。

ただ・・・・

これから冷たい土の中

    会えなくなって しまうだけ・・・・


「・・・・っクソっ!!!」


ラビはベッドから起き上がるとクローゼットを引き開けた。
ソコにある洋服を何枚も何枚も引っ張り出して

ソコから、一枚の服を引きずり出した。
もう、何年も着る事のなかった服なのに、
今は、この服じゃないとダメだった。

だから、ラビはその服を羽織ると、部屋を駆け出した。

きっと今頃、教団専用の墓地では、
誰かがスコップを片手に、が眠るための穴を掘っている・・・・





「・・・・時間だ。」

コムイの持つ懐中時計が、高い金属音と一緒に閉じられた。
辺りは、たくさんの人が敷き詰めているのにもかかわらず、静寂。
時折、誰かが鼻をすする音がした。
こんな空間、出来ればもう体験したくないのに

きっと、これからも繰り返す

きっと、これからも続けられる。

『死』という現象だけが生める

この、悲しみと 切なさと やるせなさだけに満たされた空間は・・・

「・・ラビ、結局来なかったわね・・・」

目の周りを赤くして、リナリーが言う。
きっと、昨日も一晩中泣いていた。
その前の日も、泣いていた。

親友が・・・
と言う、一人の少女が死んだ日から・・・・


「・・これ以上は、待っても時間の無駄だろう。
 ・・・・・埋めよう」

それは、コムイにとっても苦渋の決断。
だって、先日まで彼女は、この大きな建物を走り回っていて。

まるで太陽の様に。

自分たちに、笑いかけてくれていたのだ

穴に静かに沈められた、黒い大きな柩。
一人の少女を入れるのは、ソレはあまりに大きかった。

ザクッと乾いた音と一緒に、柩が土を被る。

放り出された土は、柩にぶつかる度に
バララッ・・・と、音を立ててその上に広がった。


「ちょっ、ソレ!タンマッ!!!!」

空間を、心地良く響く声が割った。

返り見た空間に居た人は、眩しかった。

空間が、ざわめきに包まれた。
空間を割ったその人は、人込みを押しのけて、柩へと近づいた。

「・・・ラビ・・・」

コムイが、呆然と呟く。

人込みを抜けたラビは、少し腫れた目元をいつも通りの笑顔で笑ませて、
片手を挙げて軽く挨拶をした。

「ワリィ。ちょぉっと遅刻したサ」

「そんな事より、君・・それ、どういうつもりだい?」

「ん?」

ラビは、自分の格好を見る。
普段は着るはずもない、目に痛いくらいに白い服。

誰もが黒を纏う空間に、異質、白だった。

の葬儀だよ?
 一体・・・・いや。ラビ、もう少し待つから、着替えてきて。」

「その必要はねぇよ。」


風が、吹いた。
紅い髪は、フワリと秋風にさらわれる。
その微笑みは、前にも後にも、何時もと変わりがない笑顔だった。


「だって、は此処に居る」

その場に居た誰もが、狂言だと思った。
気が触れたのかと、誰もが思った。

けれど、
ソレにしては、彼は、あまりにも・・・・・


あまりにも、眩しかった。



「いつだって、傍に居る。
 ただ、もう俺の名前を呼んでくれないだけだ。
 名前呼んで、笑ってくれないだけ。
 でも、いつでも此処に居て、笑ってる」

そう言って、彼は自分の胸をトンッと指差した。

「だから、コレは俺にとって、葬儀じゃないんだ。
 ・・・コムイ。に会わせて。」

「・・・・・解った。」


彼の瞳を真っ直ぐに見て、コムイも答えた。

の柩は急遽、眠るための穴から持ち上げられた。





柩が、開かれた。
エクソシスト専用の棺桶では、の体には大きすぎて、
彼女の背負った運命の大きさが、比例しているようで・・・・

開かれた柩の中は死臭が充満していて、
彼女がもう、微笑みかける事が無いと、物語っていたのに・・

それでも、ラビはいつも通りに微笑んだ。


。遅くなったけど、おかえり。
 任務、ご苦労様でした」

彼らしい、軽快な喋り方。
いつも彼女に話していたのは、こんな感じだった。

ぺチッと、ラビはの頬を軽く叩く。

「ガキのクセして、なぁに化粧なんかしてるんサ〜」

薄く施された化粧は、彼女をただ美しく彩って、
それでも、は微笑まない。

何も言わない。

無言のまま・・・・


・・・・」

そう、呟いた声は
震えていて、重くて、やるせなくて

それでも、いつまでもラビは笑顔を象った。

「お前は、いつでも此処にいてくれるよな?
 此処にいて、笑っててくれるよな?」

答えが返るはずも無く、ただ、静寂。

「・・・・そうすれば俺、もっと頑張るから。
 の分まで、もっともっと、頑張るから。」

グッと、ラビは白い服で、目元を拭った。

は、そこで安心して寝てて良いサ。
 全部が終わったら、俺、のところに行くから。
 だから、は・・そこで待ってて?
 んで、俺が行ったら・・・何時もみたいに、笑ってくれよ?
 ・・・・約束・・・な。
 そうすれば、俺はに会うために、頑張るから。」

静寂が返るだけの語りかけは、
ただただ空しさが襲うだけ。

話し続けるラビは、
やはり何処かが壊れていたのかもしれない。

ラビは、永久に眠った少女を見て、
最後のキスをした。

触れるだけのキス。

御伽話の様に、彼女が目覚める事はない。

寓話は、いつでも、ただの甘い夢物語。

現実には、起こりえない。

だから、ラビはそのまま立ち上がって
コムイを振り返った。

そこには、いつもの笑顔。

・・・・・変わりナイ・・・・・

「サンキュっ、コムイ。
 もういいサ」

「・・・・うん。」


ラビは、再び柩の蓋に手を掛けて、
皆が見守る中で、その少女の姿を隠そうとした。

―― 彼女の白い服に、一つの染みが出来て・・・

最後に、ラビは呟いた。

「おやすみ、・・・・」


それは、君を弔うための言葉

「・・・・・愛してる」



それは、君との永遠を誓う愛の言葉。



悲しみの雫がもう一つ、彼女の服に染みを作った。


―― 最後に微笑を見たかった。


それは、叶わない願い・・・・






ラビは、柩に蓋をした。

―― 君には、もう会えない。

それは、二人の世界を隔てた瞬間。




眠るための穴に、再び柩は横たわり、
誰も止める事無く、は永遠に眠った。

最後の十字架は、ただ無情。

誰も居なくなった十字の前で、ラビはただ、呟いた。






サヨナラは、言わない


アリガトウも、いらないだろう?


欲しい言葉は、きっと たった一つだから




―― ア イ シ テ ル ・ ・ ・ ・






これからも、君はずっと傍に居る

これからも、ここで君は、自分の帰りを待っている。

変わらない笑顔で・・




自分にとっては、


 君はずっと生き続ける。


心の、中で・・・・・





だから、これは君の葬儀じゃない






だから、僕は




白い服で、君を弔う



また、君にいつか 



会 エ ル カ ラ ―― ・ ・ ・ ・




                        ―fin...




- CLOSE -