なんて奴だろうと、思った。



元々、彼女には振り回されていた節があった。

けれども、だからと言ってこれは酷い。


出掛け際、確かに彼女は一緒だった。

違う任務に向かう途中だけれども、
二駅ほど、向かう方向は同じであったから。


別れる時、「気を付けて」と、極一般的な言葉で
彼女の事を送り出した。


そして、教団に帰ってきて

彼女は自分より、早く此処に戻っていた。


ただ、微笑で迎えてくれることは、なかったけれども――



「もしさ、戦争が終わったら、はどうしたい?」



向かう汽車の中、ラビの問いにはきょとんとした。

それから考え込む仕草を見せた後、難しい顔をして、答えた。


「ラビと、昼間の公園を歩きたい。」

「へ?それだけ?」

「うん。
 可愛い洋服着てさ、手ぇ繋いで歩くの。」


そしたら普通のカップルに見えんのかなぁ、
なんて言いながら。

椅子の上で小さく丸まって、膝を抱えて。

その笑みは、何だか少し哀しそうにも見えた。

紡ぐ声は、羨望が微かに滲んでいた。


「そんで、今まで行った事のない所、行ってみたい。」


例えば、ただの変哲もない様な街中であったり

例えば、眺めのいい丘であったり。

世界に溢れている綺麗な景色を、君と一緒に見てみたい。


お前、欲無さすぎ、と呆れて言えば、
最大限贅沢な欲だよ、とはふくれっ面をした。


世界を贅沢に楽しみたい。

それを、誰でもない、君と。


今になって、分かるのだ。


それは確かに、最大限に贅沢な、望みであり願いだった。


「それくらい、今でもやってやれんのにな」


困ったように笑った自分に、
は人差し指を軽く振る。

「分かってないなぁ、」なんて言いながら。


今では駄目なのだ、と。


「普通の、って所が重要なんでしょー?」


戦争が終わって、肩書きを全て下ろして


それからでないと、意味が無いのだ。


「今だって、十分普通のカップルっしょ?」


ただちょっと、語頭に『戦う』とかが付いちゃうかもだけど。


それが駄目だって言ってんじゃない馬鹿。


馬鹿ってお前ね・・・・


彼女に口では適わない。

いつだって、そうだった。


「何よ、それとも一緒に歩いてくれる気ないの?」

「まさか。
 お前が望むなら、何処にだって一緒に行くさー」

「あはは、嘘くさー」

「なにおぅ」


それでも、最終的に交わしたその約束


その後に見せた、泣きそうな笑い顔


彼女は気付いていたんだろうな、と思う。


果たされない約束をしたと言う事。

自分が彼女に、そんな問いかけをした意味。


自分は彼女に、嘘を吐いた。


けれども果たして、嘘吐きはどっちだったのだろう。


たったの1日で白紙に戻ってしまった約束を
先に破ったのは、彼女だったのだから。


恨み言の一つでも言ってやりたいのに、
彼女はもう、ここにいない。


面倒な事に自分はずっと、この恨み言と
そしてもう伝えることの出来ない愛の言葉を
抱えて生きていかなければならないらしい。


なんて奴だろうと思った。


もういないはずの彼女に振り回されて
これからも生きていかなければならないと、
既に決められてしまったようなものだ。


まったくもって、酷い話だ。



「なあ、それでも」


好きだったんだ、お前の事。


本当に、本当に、好きだったんだ


だから、もし戦争が終わって、
自分の名前がまた変わってしまう、その前に


彼女のしたい事を、一緒にしたかったんだ。


嘘を吐いてごめんって、そう思いながら
彼女と2人、交わした約束


まだその一端にすら、触れていなかったのに――・・・・


「嘘吐きさな、は」


自分を置いて、彼女は一人


遠いところへ、行ってしまった。


「そっちに逃げたって、俺は追いかけてやれねーぞー」


だって、自分は生きなくちゃいけないから


だから


生きて、もし君が見たいと言った

綺麗な景色を見つけたら


彼女の事を、思い出そう


彼女にも、自分の見た景色が届くように


彼女との約束を、ずっとずっと、忘れないように


彼女の事を、忘れないように――・・・・


「それで、許してくれっかな、


閉じた瞳のその先で微笑んだ彼女は


もうその温もりに届かないということを、
静かに告げているようだった。



空言人 に恋をして
それでも、愛しい想いに嘘を吐けなかった僕達だから

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