全てが洗われた世界で

君の全てが 救いとなる




の笑顔に われた





「ねぇ、雨も止んだし、ちょっと散歩に行かない?」

のその誘い。
いつもなら、そんな誘い、二言返事で断っていただろうが
今日は珍しく、首を縦に振った。

最近の任務続きの毎日が影響していてか、
単なる気まぐれか・・・

何にしても、隣歩く2人は
何処となく、微笑ましい空気をかもし出している。

「ん〜・・・・
 気持ち良いねぇ・・・!」

広々とした公園につくと、はそう言って
大きく伸びをして見せた。

雨が上がったばかりの独特のにおいや
清々しい空気

地面は未だ濡れていて、
子供達は、まだ家からその身を出してきていない。

静かな空間に、2人きりだ


心地良い風が頬を撫でて
フワリ、風と戯れた

こうしていると、まるで彼女は一枚の絵だ。

手を伸ばしても、彼女の温もりに
触れられないような気分になってくる。

「どうしたの?神田。
 具合悪い?それとも・・・やっぱ、疲れてた?」

「・・・いや、何でもねぇよ」

言い知れぬ不安に襲われていた・・・なんて
不安そうに覗き込んで来るには言えなくて

彼女の頬に、苦笑して、手を添えた。


「雨が降った後って、気持ちいいね」

そう言った彼女の笑顔でさえも、どこか遠くに感じる

「・・・俺は嫌いだ。」

「えー・・・なんで?
 風がこんなにキレイなのに・・・」

「綺麗すぎんだよ。
 少し汚れてる方が、俺は良い。」

「まぁったく・・・
 捻くれてるんだから」

フゥッ・・・とひとつの溜息。

はソッとまた、空を見上げた

澄み切った空には、綺麗な半円の虹が架かっている

「ぅっわぁ・・・キレー!
 久しぶりに、こんな綺麗な形の虹見たよ」

そう言って、微笑みかける
やはり、微笑みは何処か遠い

同じ空間に居るのに、彼女は別の世界の者の様だ

同じものであるのに、彼女だけは何か、神聖な者の様だ

この少女は、知らないのだろうか・・?

時折想う。

この少女は、大切なものを失う恐れを知らないのだろうか―・・?

こうやって、透き通る空を見上げた時

恥じる事を知らぬような、大地の見せる様々な表情を見た時

己の余りの小ささ、無力さを感じて、不安になる事

そんな自分が、目の前の少女一人護る事が出来ないかも知れないと

ただ、言い知れぬ不安に襲われる事

この少女は・・・・

「ねぇ、神田?」

考えに耽っていたら、声を掛けられハッとする。
顔を上げた先の景色に、眩暈すら覚えた。

目の前の、一枚の絵を前に―・・・

目が眩み、いっそ暗く見えるほどの青空

陰影を濃くし、穏やかに流れる雲

大空を跨ぐ、虹色のアーチ

静かに傾く黄金の太陽

その光を受けて微笑む、少女の姿・・・


「こんな綺麗な景色見てるとさ、
 なんだか、ウソみたいだね」

「ウソ?」

「うん・・・・
 この世界で、たくさんの人が死の悲しみに負けたり
 『人の死』っていう現象が、誰かの手で捻じ曲げられたり・・・・
 そんな人達の為に、私達は毎日世界中を傷だらけで巡ってること。
 全部が・・・嘘みたい」

「・・・だが、それが紛れもない事実だ。」

遠い目をして微笑んだに、
どこか無情にすら聞こえるほどの、神田の言葉。

は、静かに頷く。
それから、頬をかいて苦笑した。

「やっぱ、神田の言うとおりだね。
 少しくらい、汚れてた方がいいや。
 ・・・・・その方が・・・・余計なこと考えなくて済む・・・ね・・・・」

「・・・・テメェはいつでも余計なことを考えてそうだがな」

「なぁんか言ってる?」

「ハッ。事実だろ?」

鼻で笑ったら、何を!?とか言って、
人の腕をバシバシ叩いてくる。

「痛ってぇよ馬鹿」

結構痛かったソレを、片手で受止めて引き寄せる。
は、簡単に腕の中に納まった。

「・・・・で?」

「ん?」

「何考えてたんだよ」

「ああ・・・」

耳元で、彼女の微笑む気配がした。
”でも、本当に馬鹿みたいなことだよ?”
呟く声がする。
”聞いてやるっつてんだから、さっさと言えよ”
彼女の温もりを確かめて、呟き返した。

少し間があって、が口開く

「例えば・・・さ・・・
 もし私も神田もエクソシストじゃなかったら
 こんな素敵な景色を、どんな風に見てたのかな・・・とか・・
 その時、私達はどんな会話をして・・幸せだったかな・・とか・・」

「本当にくだらねぇな」

「自分で言えっていたクセに・・・
 ひどいなあ・・・・」

ソッと体を離したら、
彼女はむくれてソッポを向いていた。

苦笑して、その頭に手を被せる。
夕日をシルエットに、触れるだけのキスをして
暮れた日のせいでなく、少し赤くなったに言ってやった

「ひどくねえ。
 だいたい、俺達がエクソシストじゃなかったら
 会ってもなかっただろうが」

「あ、そっか」

こんな道でなければ出会わなかった自分達もまた
考えてみれば皮肉なものであるが・・・・

「・・だから、くだらねぇよ。
 そんな余計なこと考えんのは・・・・」

フと、笑みを少しだけ漏らして

この言葉は、先ほどまでの自分に向けて

「今出来る事を、やってからだ」

それが何時になるのかなんて知らない

ただ、彼女を護ると決めたのは自分で

やるべき事をやるまで死なないと決めたのも自分で・・・

不安になんて、なっている暇はないから

「・・そだね・・・
 今の自分に、出来る事を」

いつの間にか、空は赤く染まり、虹も消え

いつもと同じ、風の匂い

こんな事を考えるのは、やるべき事の後でいい

今日はただ、雨上がりの澄んだ空が気を惑わしただけだから・・・


「よし、そろそろ帰ろっか」

「・・・・ああ」

護るべき笑顔は、ここにある


全てが洗われた世界

不安にかられたその時は

君の笑顔が、救いとなる




            ― fin...



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