日本は今鎖国の国で、外国に渡る事など許されても無くて。

家庭としてはさして特別制も無い家だったけれども、
エクソシストとなった自分を、家族は勘当せざるを得なかった。

それが別に、難と言うことも無い。

当然の事だとも、仕方の無い事だとも分かっている。

それでも気を遣ったのか、朝、父から手紙が届いた。


母が死んだという。

内容はそれだけ。


葬式は行うらしいが、日取りは書いていなかった。


其れは、暗に示した”戻ってくるな”の意味。

残った兄妹を思うなら、仕方の無い事だった。

だから、それは当然の行動で、難という事は無い。


自分は、理解していた。


理解して―・・・


それでも何処か、釈然としない自分が居るのも、
また事実だった。


・・・か?」


手紙を手に廊下に突っ立っていると、後ろから声を掛けられる。
振り返って確認した姿に、力なく笑みを浮かべた。


「あー・・・バクちゃん。
 なんだ、来てたの。」


「ちゃんをつけるな!
 まったく、どいつもコイツも・・・」


溜息をつくアジア支部長に、は笑う。

呆れたような、彼の顔。


「廊下でボケっとして、何をしているんだ」


通行の邪魔だろう、と、彼。


「あはは。ごめんごめん」


軽くかわして、笑顔。


バクの片眉が、不審そうにピクリと上がった。


「様子が可笑しいな」


「ん?そう?」


「・・・その手紙のせいか?」


その鋭い指摘に、固まったような笑みが張り付く。

当たりか・・・と、バクは溜息をついた。


「んー・・・変な処で勘鋭いな。」


「お前が分かりやすいだけだ。」


「乙女心は鈍感なのに?」


「?」


その言葉に首を傾げるから鈍感だというのに。
やはり、バクはわかっていない。

「なんでもない」と、は笑った。

なんとなく不服そうなバクだが、少しの間の後、に問う。


「その手紙は・・・あー・・・なんだ、その・・・
 ラブレターとか・・・何かか?」


「・・・はい?」


あまりに飛んだ質問に、理解するまで結構な時間を要した。
そして、理解して素っ頓狂な声を出して、その後には、また笑い出す。


思いがけない質問が、思いがけずにツボに入って


バクはますます不機嫌そうだが、とりあえず構わず笑わせてもらった。


「違う違う。これは、父さんからの手紙。」


「父親?」


「うん。私、外国に出るに当たって勘当されてるんだけど、
 母さんが死んだ事は教えておくって。」


お葬式に呼ぶ気は無いみたいだけど。


なんでもない事の様に肩を竦めて言う。

その様子が痛々しい物にでも感じられたのか、
バクは顔を顰めたが、は笑う。


「それはね、別になんていう事も無いの。
 教えてくれた事に驚いてる位だから、それが当たり前なの。」


そうじゃなくて・・・・


が難しそうな顔をする。


「哀しいわけじゃなくて、なんか・・・
 何処となく、すっきりしないような・・・」


この感情をどう表現したら良いのか分からない。

けれどもこの、胸に重たい靄が溜まるような、
この感覚は少なからず知っている。


それでも自分は、この感情に名前を付けかねていた。


その時、大きくて柔らかい手が乗った。


その手は数回、ぎこちない動きで、髪を梳いて


「それなら、」


バクは、ゆっくりとした口調で言った。

子供に言い聞かせる感覚に似ていたが、低い声は何処か甘やかで、
それだけの扱いではないという事も、暗に物語る。


「それなら、とりあえず、感謝しておけば良いのではないか?」


「感謝?」


聞き返したら、バクは少し困ったような、はにかむ様な笑みを見せた。


「母が、お前を産んでくれたことにだ。」


「・・・・・。」


俯いたに、バクの手は頭の上で優しく跳ねて、



「少なくとも、俺は感謝しているがな。」


「へ?」


呟くような声は掠れて消えかけていたが、
それでも耳に、音として確実に届いていて

問い返すように見上げた視線がバクとぶつかると、彼は面食らったように
息を詰まらせてからわざとらしく咳払いして視線を逸らした。

赤くなりかけの顔に、蕁麻疹は出掛かって。
口元は、拗ねた子供みたいだった。


「か、感謝している、と、言ったんだ・・・!
 お前の母親がお前を生んでくれたことに!!」


半ばヤケクソな口調。
けれども、最期に付足した言葉は、
掠れて音になっているかも怪しい。


「・・・そうでなかったら、会えなかっただろう・・・お前に・・・」



その、言葉。

は一瞬呆ける

けれども、その言葉の意味を、理解して―・・・



「そう、だね。」


「へ?」


微笑んだ彼女に、今度はバクの方が呆けた。

どうせ笑われるだろうと思っていたから、完全にフイ打ちの笑みだった。


「そうだね」


もう一度言って、


「母さんに、感謝する。」


母さん、私を生んでくれて、有難う。

この人に出会える、チャンスをくれて―・・・



「・・・・ああ。」



暫くして、バクも笑みを返してきた。


蕁麻疹だらけて、格好良いとは言いがたいのは事実でも、

それでも―・・・


「バクちゃんも、有難う」


「ちゃんを付けるな、ちゃんを。」


戯れるように、頭に軽い重み。


「ねえねえところでさ、さっきのって告白?」


「なっち、ちがっ」


「あ、違うんだ。ふーん。残念。
 ちょっと喜んじゃったのに」


「へ!?」


「なんでもなーい。
 バクの言葉も、言葉のまんま受け取りまーす。」


「い、いやちょっ、待て!!」


バクは慌てたように追いかけてくるけれど、
はただ、楽しそうに笑うだけだった。


・・・それでも、名前の付けられないこの靄が、
消えないにしろ薄らいでいるのは、確かで









空は く澄み渡る

この心は、君の言葉で澄み渡るんだ





バクちゃんをからかうのが面白くて仕方ない今日この頃。
[BGM : Amor Kana]
special thanks[哀婉



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