空が突き抜けるように高い


雲は、そんな空をのんびりと泳いでいて
ああ、まだ泳げる季節ではないにしても、海に行きたいな、とか


今度コムイにでもお願いしてみようか


どうせ駄目って言われるんだろうな、


苦笑して、空を見上げる


六月の空は、鮮やかで遠い。


「ねえアレン、」

「はい?」

「アレン、泳ぎは得意?」

「・・・・・はい?何です、いきなり?」

「んー、海に行きたいなーって。」


唐突の問いかけに、アレンは当然の様に怪訝顔で

そりゃ何の前触れもなくなら驚くか、と納得したように
もまた、当然の様に答える。


「流石にまだ泳げませんよ?」

「うん、砂浜散歩するだけでも、気持ち良いだろうなーって」


言ってみれば、ああ、良いですね・・とアレンも目を細めて。


「いつか、行けたらいいなぁ、皆で」

「・・・・きっと・・・もう少し、ですよ」

「うん、だと良いね」


色々な事が終われば、きっと皆と青い海にも行けるだろう。


それはひどく曖昧な未来で、
どこか空を掴む様な儚い幻想にも似ている


それでもきっと、そうと信じていないと、
自分達は膝を付いてしまうから・・・・


「その時には、海岸をのんびり歩きましょうか」

「そうだねえ・・・
 夕陽に染まる海岸だったりすると、ロマンチックかなー」

「あはは・・・も大概乙女ですよね」

「まあ、これでも女の子ですからね、」


労わりなさいよー?と


覗き込むようにアレンに近づけば、アレンは困った顔で
「忘れてなかったら、そうします」だそうだ。


このやろう、言うようになったじゃないか、なんて。


「・・・・あれ?」


フと、アレンを覗き込んでいて、気付く。


「アレン、背ぇ伸びた?」

「え?」


小首を傾げてからしゃんと背筋を伸ばしてみたけれども、
やっぱり、少し前に比べると、身長差が開いている。


「うん、やっぱり伸びたよ。
 前は私、アレンの首辺りまでは身長あったもん」


今こうして背比べをしてみれば、
自分の頭は、アレンの肩口辺りにしか届かない。

他に言いようもなく、アレンの背が伸びたのだろう。


「まあ、これでも成長期ですからね、僕も」

「そっかー、そうだよねー、15歳だもんねー」


見えないなー、と
手でアレンの肩と自分の頭のてっぺんとを結びながら言う。


どういう意味ですか、とムっとした表情のアレンに
「まあそういう事ー」とは笑って。


「成長期・・・・だしね、」

「え?」

「身体も心も、どんどん大人になってくなあ・・・アレンは」

・・・・?」


少し遠い目をしていたに、アレンは怪訝そうに首を傾げて

どうしたんです?と問いかければ、は「何でもない、」と言うけれど


「本当に、成長したね、アレン」


「・・・・・その割には、あんまり嬉しそうじゃないですね。」


「ああ・・・やっぱり?」


ごめんごめん、と

困ったようには笑う。


ただの我が侭、かな。と、そう言って


「何だかね、置いていかれてるみたいで、ちょっと寂しいなって」


こういう所がまだ子供なんだよね、と
は笑って見せるけれども


その笑顔は曇っていて


そっと手を伸ばして、の髪に触れる。


は僅かに肩を震わせたけれども、そっと瞳を伏せた。


それが合図だったかのように、口付けるアレンに
まだ慣れなくて、彼の服をギュっと握る。


その手は、アレンによって柔く解かれて

代わりに、指先が絡められた。


ふと漏らした吐息が合図で、離された唇

覗き込むように、銀灰色の瞳が見つめていて

俯くようにして、赤くなる顔を隠す。


それでもアレンは、尚一層覗き込むようにして
の頬に触れ、離さない。


「あ、あの、アレン・・・
 そんなに見つめられても・・・困る、の、ですが・・・・」


いい加減に耐えかねて言うと、アレンはきょとんとした後に
クスクスと楽しそうな笑い声を漏らす。

ああもう、悪かったね、慣れてなくて。


「でも、だって初めの頃に比べたら、変わりましたよ」

「そう・・・かな・・」

「はい、美人さんになりましたし」

「それは、ない。」

「むっ・・・僕の言う事が信じられないんですか?」

「審美眼と言う点では・・・アレンのセンスは疑うもの。」


特に美術的なものとかは、とても彼には任せられないレベルだし。



「ああ、キスも上手くなりましたよね」

「・・・・ごめん、一発叩かせて」

「ちょっ、冗談です!ごめんなさい!!」



だからその固く握った拳は仕舞ってください!と、

両手を突き出し思いっきりアピールする。

はもう一度だけギュっと拳を硬く握ると
自らを落ち着かせるように溜め息を一つ吐いて、思いとどまる。


ホッと息を吐いたアレンに、は少し睨みを利かせて


アレンはもう一度、すみませんでした、と謝って。


「でも、本当に、」

「ん?」

も、最初に会った頃よりずっと大人になりましたよ。」


アレンはニッコリと笑って、再び髪を撫でる。

戸惑うようなに、そっと優しい声音を紡ぐ。


「大丈夫、置いてなんていきませんから」

「・・・・。」

「ちゃんと、の隣を歩いてます。」

「・・・・・・う、ん・・・・・・」


答えたけれども、やっぱりそう言ったアレンは、ずっと大人びていて


ああ、絶対に嘘だ。

自分も大人になったかもしれないけれども、
やっぱり、アレンには届かない


常に一歩、二歩と前に進んでしまうアレンが、寂しい。


アレンは優しいから、たまに振り返って微笑んでくれるから


だから余計に、寂しく感じる


いっその事置いていってくれたなら、

それでも、アレンは常に自分に背中を見せているのだ


見える位置にいるから、余計に焦燥を感じる。


目の前の彼は手を伸ばせば触れる事が出来るのに、な。


思いながら、アレンを見上げる。


彼のその言葉を
素直に飲み下す事は出来なくても――


「ねえ、アレン」

「はい?」

「それでも、やっぱり言わせてね」

「?」


寂しいけれども、悔しいけれども


だって、嬉しいのは本当だから


貴方に追いつけるよう、自分も頑張るから、だから、


いつかの曖昧な未来


青い海に行けた時


共に歩いている背中が、並んでいられたら、良いな



「成長したね、アレン」



ねえ、今度こそ、私は嬉しそうに言えた?


六月の空は、鮮やかで遠い。






あなたに心からの祝福
優しさは時に残酷で、それでも触れられる貴方が愛しい

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