桜色に染まる散歩道


先日咲いたばかりの花は、春風に煽られて
視界を賑やかに染め上げる


いくつも、いくつも


花に染め上げられた視界は、どうしようもなく綺麗なのに

泣きそうな位に儚くて、どことなく寂しくて


一つ位花びらが掴めるんじゃないかと思って
手を伸ばしてみたけれども


からかう様にするりとすり抜けて、地面に落ちていった。


桜は散るまでが桜だとでも言うように


まるでこの手に捕まってしまったら、


自分はその存在を失くしてしまうのだと言うように


指の隙間を掻い潜って、器用に地面に着地していく。



あーあ、この間咲いたばかりなのにな、と


勿体無いような気持ちで、その自分が追いかけた一枚の花びらを

そっと見下ろした。


桜は、地面に辿り着けた事を、満足そうに笑っている気がした。



「子供みたいだね、ラビ」

「ん?」

「小さい頃やらなかった?」


桜の花びらが、地面に落ちるその前に


その花びらを手に取る事が出来たなら


願い事が叶うよ、なんて


小さな子には在りがちな迷信。



「ああ、そういやそんな事もあったな」


どこかを旅していたその途中で、そんな話を聞いて


春になると、花びらをよく追いかけていた気がする


あの頃は、今みたいにこんな寂しい気持ちで追いかけてはいなかったのに


あの頃と何が違うのか分からないけれど、

大人になったとか、そういう事かな、とは思う。


「そうじゃなくて、なんかさ」

「ん?」

「折角春が来て、桜咲いて、俺らが追いついてきたのにさ
 簡単に置いてっちまうんだなーと思って」


春の訪れを知らせる桜が、一足早く綻んで


ようやく春風が吹いて、自分たちでも春を感じられるようになったのに


そうかと思ったら、桜はもう、役目を果たしたとばかりに散っていく


置いていかれたようで無償に寂しくなってしまったり。


一緒に桜並木を散歩していたは、なんだ、そんな事、と笑って


そんな事はないっしょ?


言い返したら、はだって、と困った笑みのまま言った。


「違うよ、ラビ」

「違う?」

「桜は置いて行ってる訳じゃないよ」


桜は背中を押してるんだよ。


は、言って笑う。


「人生短いくせにさ、ボケーッとして無駄にその人生浪費してる人間を
 『おいお前、そんな事してる暇ないだろー!』って言って、
 桜は一足先に季節が変わった事を教えてくれて、時間が過ぎてること、
 教えてくれてるんだよ。」


だから、桜は散るまでがお仕事だね。


だって、春が来たって人間はまた無駄な時間を過ごしてしまうもん


もっと回り見ろよ、こんなに世界は綺麗だぞって


今、桜は一生懸命言ってるんだよ。


だから―――・・・


「きれい、だね。」

「ん?」

「桜。」

「―――ああ、」


ラビは、笑って見上げた。


強い風が吹いて、枝が揺れて


たくさんの桜が、視界に波の様に押し寄せて、背中を押している



命を早々に綻ばせて、人の為に散っていく桜



「見事な生き様さな」


「あはは、何だそりゃ」


「いや、俺今桜のこと見直したわ、」



カッコいいなこいつ等。

割と本気で言ったつもりだったんだけど、はカラカラ笑っていた。

その笑顔を見ていると、
何だか散っていく桜を見ているのと似た気分になって


ああそうか、あの頃との違い


季節が過ぎて行ってしまえば、彼女といられる時間は過ぎていく


それを見せ付けられているようで、寂しくなるんだ


大切な人が出来て、純粋に花びらを追いかけられなくなった


それも在る意味、自分が大人になったという事。


そう言うものか、寂しいな。


「ラビ?」


覗き込むがいて、そっと手を伸ばして頬に触れる。


はくすぐったそうに笑って、どうしたの?とか。


「ん、ちょっと寂しくなった。」

「なんで今の会話の流れで、寂しくなっちゃうかな」


わっかんないなぁ、


が笑う。


その笑顔とのさよならが近づいてるかと思うと


寂しいんだよ、なんて


流石に言えないんだけれど


「な、

「んー?」

「愛してる」

「唐突だねぇ」

「たまには言いたくなったんさ」

「そだね、久しぶりに言われた。」


もうどの位言われてなかったかなー


指折り数えられたりすると、ちょっと気まずい。


そんなに言ってなかったっけ?


正直、そんなに記憶にない。


「冗談。」


悪戯っぽく、は笑った。

そんな笑みを、腕一杯に抱きしめて

は、擽ったそうに笑って

そんな頬に、軽い口付けをして


春の風が、花の命を散らしていく


花は命を散らす事さえも仕事なのだと、舞うようにして地面を彩る


春の風景


何処にでもある


穏やかな日差しが、いつになく眩しい気がして

そっと空に手を翳したら、思いがけずその手の平に、
花びらが一枚、舞い込んできた。


「お、」

「ん?」

「桜の花びらゲット。」

「おっ。きっと桜が
 『お前ついでに願い叶えてやるよ』って言ってるんだよ」

「そうか〜?俺は
 『あ、ヤベっしくじった』って言ってるような気がするさ・・・」

「じゃあまあ、しくじられたもん勝ちって事で。」


ついでなんだし、お願い事しちゃえしちゃえ。


が両手で促してくる。


何だそれ、


思わず笑いながら、そうだなぁ・・と頭を掻いた。


「十回でも、二十回でも・・・」

「ん?」

「俺たちがちゃんと満足行くまで
 またこうやって、桜が見に来られますように、」


なんて。


「・・・もしかして、それで寂しくなっちゃったわけ?」

「まあ、そんな感じさー」

「馬鹿だねぇ」

「おーおー、何とでも言えば良いさ」


しょうがないだろー?寂しくなったんだから


言ったら、は呆れながらも笑ってくれて


桜の花びらを持ったままの手を取って、
親指の付け根に、そっと小さなキスを落とした。


「私からも、お願いします。」


言われた言葉に、言いようのない胸のざわつきを感じて


きっとそれは、愛情と不安と寂しさとか


色々なものが入り混じったどうにもならない感情で



ゆっくりと開いた手の上で、桜の花びらが一つ


春風に煽られて、高く舞い上がって


やがてたくさんの花びらに紛れて、見えなくなった


「さて、帰るか」

「あー、帰ったらまた任務とか任務とか任務かー」

「あー、俺らって任務ばっか」

「まあねー、桜が命張って時の流れを主張してくれてるからねー」


こりゃあもう頑張るしかないでしょ。


見上げた桜は、もうほとんど散り終えていて


次は葉桜、さくらんぼも生る


まだまだちゃんと生きろよと、背中を押し続けている


こちらの思いも知らないで、どんどん背中を押す桜に
ちょっとした不満を垂れてみた所で

桜は聞こえないふフリして散り続けていて


「教団まで、手、繋いで帰ろうか。」


珍しいからの提案は、断るべくもなく


そっと繋がれた温もりの中で、それをもっと感じられるように
ラビはそっと目を閉じた。


なあ、分かったからさ


そんなに急かしてくれるなよ、


まだもう少し、こうしてこの子といたいんだ。


もうすぐ散り終えてしまう桜は

そよそよと揺れるだけで

桜は最後まで、桜でしかなくて――・・・





散るために





自分はこの少女の手に捕まってしまったけれど

そんな自分の生き様も、悪くないぞ

だから、なあ

そんなに急いでくれるなよ




special thanks[哀婉

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