あの日…



いつだっただろう


よくは覚えていないけれど




空がすごく高くて
冬の合間の春風が、とても気持ち良かった、あの日。


続く任務とか、そこに隣り合わせた幾つもの死とか
どうして自分がその中に放り出されているんだろう、なんて


途切れる事なく浮かぶ疑問と、見たくなかろうと目の前に広げられる
赤黒い残酷な景色、世界。





「いっそ死ねたら楽なのに」





そう呟いた私を、
あの人は全力で怒った。



この世界で、幸せと悲しみの数を数えて
どちらの量が多いのかなんて、彼にも分かってるだろうに


それでも死ぬな、と、私を叱った。


それでも生きなくちゃいけないのだ、と


怒ったのだ、彼は、確かに。







じゃあ、これは一体何なのか。









問い掛けてみた所で、答えを返すその人は
既に蓋をした棺の中に収まって


たくさんの真白な花に囲まれていたけれど、生前を考えると
花の似合わない奴だな、とか、微かな笑いも込み上げた。



その中で映える赤い髪は、綺麗に梳かれていたけれど、
相変わらずの猫っ毛で、いつもと同じクセがついていた。



こうして見ると、ほとんど眠っているのと変わらない。



普段うるさい奴が静か過ぎて、ほんの少し不気味なだけ。



白すぎる肌が人形のようで、
果たしてコイツが彼自身なのか、不思議なだけ。



けれどもその小さな違和感が、変えられない絶対的な違い。





――アイツは、何をそんなに止めたかったのかな。





不意に思う。



あの日彼は死ぬなと叱り
それだと言うのに先に死んだ彼はまるで眠る様で



それじゃあ、こんなに辛くても
生きなくちゃいけない理由は何?



問い掛ける。



だって彼は、いつだって答えを返してくれたから


だから問い掛ける 問い掛ける


いつもの様に答えを返すまで




いつまでも答えを返さないアイツに
腹が立って、ムカついて仕方ない筈なのに
文句を言おうと開いた口から零れたのは嗚咽で


馬鹿みたいに止まらない涙が余計に悔しかった




―― ねえ良いじゃない




君を追って、そっちに行ったって



だって君はそっちに行ってしまったんだから



開いた窓は、春風を室内に取り込む



頭の上には一面に、綺麗な高い空が広がっていた。




死ぬな、と




彼はまた、私を怒る


そんな高い所から人を叱って


いい気分か、バカヤロー


溢れるままの涙を拭いながら言うと
彼がいつもの笑みで笑ってる気がした。



―― 太陽みたいな、人



ブックマンなんて似合わない様な、優しい人



大好きだった、人――




君は死んでも尚、私を生かす



生きろと叱る。



理由も示さないで、ただひたすらに
生きることを私に示す。



いつになったら、止めて良いんだろう



尽きる事ない生への欲が、まだもう少し駄目だと告げる



貴方のいない人生に絶望が包む私は、
それでもまだ、生きることを止められない。




明日を急かすような春の風は
何処までも暖かく優しくて



「分かったっての。」



呟いて、空を見上げる。



「死ぬ時が来るまで、私、死なないから!!」




だから安心してくたばれ、バカラビ!!



言った私に、彼の笑む幻覚が見えて



晴れ渡る空は、あの日みたいに綺麗だった。













(この声が、君の元まで)
(聞こえたのなら、どうか)
(いつもの笑みで、笑ってて)



(嗚呼、お前らしいなあって。)


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