陽が落ちて、窓が暗い鏡へと変わる夜。


星も月も見えない空は、重たい雲が覆っていて、
夜を更に黒く彩っていた。


別に、昼間に曇り空を見上げるよりはマシだけれども
やはり空を覆う雲に、軽い息苦しさを覚える。


いっそ雨でも降らないかな、なんて


風呂上りの火照った体を冷ます意味もこめて、
ラビは廊下の窓をほんの少し開けた。


入り込む風は、夏の夜風と言うには微かに柔い。


図るわけでもないのに、季節は
枚数を減らしていくカレンダーに合わせて、ゆっくりと動いていた。


秋はもうすぐ来るのだろうか


きっと今日みたいに、フとした拍子
秋の訪れを感じることになるのだろう。


そしてまた、その時にも思うのだ、きっと。


このまま、時間が止まってしまえば良いのにと。


ふわり


駆け抜ける音と共に、甘い風が背後を通り過ぎる。


驚いたように振り替えれば、あちらの方も
こちらの存在に気付いたらしい。

軽いブレーキ音でも聞こえそうな勢いで駆け足を止めた。



「ラビ!丁度良いところに!!」

?何やってんさ、こんな夜中に。」



食後の軽い運動とか?


尋ねると、違う!と盛大に否定された。


ちょっとばかり行き過ぎた分を、
彼女は歩を進め縮める。


目の前に立ったは、腰に手を据えて
軽い溜息と共にラビに尋ねた。



「コムイさん見なかった?
 科学班総出で大捜索始まってんだけど」

「って、なんで科学班の捜索にが加わってんさ・・・」

「何ていうか・・・・勢い?」


その場のノリで協力する事になったのよ、なんて
軽く溜息を混ぜて言う彼女。


その表情からして、
少し協力した事に後悔し始めてるのかもしれない。


まああのコムイの捜索なんて面倒な事に駆り出されれば
そんな気持ちになるのも分からないでもないが。


それで、見なかった?と尋ねるに、
あー・・・・と、ラビは考えるような声。



「見た、けど・・・・」

「うそっ何処で!?」

「大浴場?休憩時間かと思ってたんだけど・・・」



ついでにのんびり世間話なんかしてきちゃったんだけど、なんて
言うラビに「んなワケあるかー!」と


だって、あんなに堂々と風呂に入ってこられたら、
やましい事無く休憩中なんだと思わざるを得ないと言うか。


いやでも、相手がコムイだって事を
考慮に入れ忘れていたのは、事実かもしれない。


「お風呂かー。私じゃ流石に突っ込めないな。
 ここはリーバーさんにお願いしないとか・・・・・」


肩を落としてが言う。


女って割りと不便だなぁ、なんて


こんな所で落胆したように呟かなくても、とは思う。


「生まれ変わったら男になりたいー」

「え、それは困る。」

「は?」

「あー、いや、こっちの話。」



ヒラリ、手を振って


かわすラビに、は怪訝そうな視線を送るものの
ラビはいつもの笑顔で逃げ切るだけだ。

でも、また何で男?と、質問に逃げれば
彼女は「だってさー、」と諦めたように乗ってくれた。



「体力とか、腕力とか、戦闘職に就いてると、
 女の体って不便なんだよね、どうしても。」



だからこそ出来ることってあるけどさーと
ぼやく彼女に、ラビは苦笑する。


「つーか、だったら生まれ変わったら
 普通の女の子になりたいーとかさ、そっちで良いんでないの?」


「あ、そっか。」


要は戦闘職に就いてなければ問題ないのか?

いやでも、日常生活においてもやはり、
不便だなーと感じることは多々あるわけで。


うーん・・・と唸る


「まあでも、が男に生まれ変わったらさ、」

「ん?」

「俺は女に生まれ変われば良いわけだし。」

「・・・・・・何の話?」

「ん、こっちの話。」


まあ気にすんな


笑って、ぽんっと頭に乗せた手の平に
不満そうな顔をする彼女


この身長差も気に入らないわけよ、と
口の中で呟く声は、微かに漏れて聞こえてきた。


「って、ヤバイ、こんな事してたらコムイさんに逃げられる!!」


早くリーバーさんに報告行かないと!と
慌てるは、先ほど来た道を折り返し駆けて行こうとする。


「掴まると良いな、!」


「じゃないと私の睡眠時間が減る!」


それじゃあ、情報提供有難う!と、踵を返した
声を上げて言うと、は少し笑みの含む声でそう返してきた。


何の気ない軽口が心地よくて
しばらくその場で、消えた彼女の背中を思い出しながら
口元に浮かぶ笑みも隠さないまま、立ち尽くす。


開けた窓から、ふわり、風が舞い込んで
いつの間にか体はすっかり冷えていたことに気付く。


カタンと一つ軋みを残して、窓を閉める。


空を分厚く覆った雲


月も、星も、見えなくて


誰にでもなく、呟く。


雲の向こうのお月様に、なんてのでも、良いけれど


「生まれ変わっても、また会えるかは、分かんないけどさ、」


もし


もしも、さ


生まれ変わって、また出会って


その時に、男と女だったなら



「その時はちゃんと、お前に恋したいんさ」



次に出会った時には、それが叶えば良いな


けれども、もう少しだけ、この心地良い時を。


もうすぐ来る秋の夜に、思いを馳せる



瞳を閉じて、願うのだ、ただ。



いっそこのまま、時が止まれば良いのにと



月にでた子守唄
それでも時が巡るなら、どうかまた、逢えますように

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