そしてその日は、唐突にやってきた。


は、窓を開いたままの体勢で固まる。


ああ、何と言う不意打ちだろう


あまりに不意打ち過ぎて
驚くタイミングはすっかりと逃してしまった


なんて事だ


こんな、あまりに唐突な、それだと言うのに―――


は、開けたばかりの窓を乱暴に閉めた。


すぐに踵を返して、部屋の扉に手を掛ける


あまりの衝撃に、長い長い廊下を駆け出した


別に、何がどうしたいとかじゃなくて


ただ咄嗟に浮かんできたから、唐突に伝えてみたくなっただけ








うららかなの波








例えば、何てことない気持ちいい天気の朝。

いつもの布団が、なんだかいつもよりも気持ち良くて
少しクタクタになった毛布が、逆に肌触りが良くて


それが、たまに出来た暇な日だったりとかしたら、もう最高で。


いつもと同じく早朝にジジィに起こされようが、
これはもう二度寝決定な心持ちで、布団を頭まで引き上げれば
あちらはあちらで、痺れを切らして、先に朝食へと行ってしまった。


この勝負、俺の勝ち、なんて。


朝から微妙に勝ち誇った気分で、再び意識を眠りの淵に沈める。


別に、本当に寝なくたって良い。


この眠るか眠らないかの所でウトウトしながら
布団に包まってゴロゴロしているのが、一番気持ちが良い。


そんな、なんて事ない天気の良い朝。




「ラビイイィィーーーーーーっ!!!!」




ノックも無しに突如として開かれた扉と大声量に
折角眠りの淵で遊んでいたラビは、かなり乱暴に起こされる事になった。


あまりに唐突で、書いて字の如く、飛び起きる。


一瞬、心臓が低位置から3・4センチ位飛んだ気がした。


―― これで健康に支障が出たら大問題だぞ。


ラビは、暫く飛び起きたまま呆然として
それからハッとした様に、無遠慮に人の部屋に飛び込んできた少女に目を向けた。


少女は少女で、寝起きの体勢のまま


寝癖も直さないで、入り口に息も荒く立っている


年頃の女の子が、そんな事で良いのかと問いたい。



「な、何?どうしたんさ、・・・」


「ラビおはよう!」


「お、おはよう・・・ございます。」



一応挨拶だけは忘れない女・


・・・じゃなくて、だから一体、朝から何の用なのだと。


せっかくのゴロゴロ日和が、一瞬にしてパァだぞと
心の中で軽く毒づいた声は、恐らく聞こえるどころか気付いてすらいない。



「ラビ、起きて起きて」

「は?何、任務かなんか?」

「じゃなくって、窓開けて!」

「はぁ?」

「いいから、開ければ分かるから・・・
 って言うかラビなら分かってくれるから!」


分かってくれるって信じてるから!と。


何かよく分からない信頼を寄せられて、
手を掴まれてホラホラ、とグイグイ引っ張られる。


唐突に乱暴な起こされ方をしたせいか、
変な風に頭の中が冴えてしまって、何だかなぁ・・と頭を掻きながら
最終的には少女の言うとおりに起き上がって。


一先ずと開けたカーテンの、その眩しい朝日に一瞬、目が眩んだ。


それから、少女に急かされるように開けた窓。


風が一陣入り込んで、部屋の中の籠もった空気を外に押し出す。


まだ梳かしてもいない髪を通り抜けた風に、ラビは目を見開いて


懐かしい、香りがした



「ああ、そっか・・・・」



そして、少女の言いたかった事を、突然のひらめきの様に、理解する。



「春、さな。」



呟いた少女への答え合わせに、は満足そうに頷いた。



その日は、唐突に来た。


一昨日までは、まだ冷たい北風が吹いていたはずなのだ。


それなのに、入り込んできた風は肌を柔らかく撫でて過ぎて
何処となく甘い、花の香りを含む風。


春でしかあり得ない、温かくて優しい風。


そんな風に誘われるように


冬の間に準備をしてきた花達が、一斉に綻んだ


重たそうに揺れる、窓の下の白やピンクやブルー


まだ下草は寂しい枯れ色だが、じきにそれも淡い緑に賑わうのだろう


そんな期待にも似た気持ちに、胸が膨らむような春の始め


その日は、あまりにも唐突に来て


それはまるで、不意打ちに喰らった少し乱暴な目覚ましのようで


少し勿体無くて、それでいて、どうしようもなく涙が出そうなほど――・・・



「ね、言ったでしょ?」


「ん?」


「ラビなら、すぐに分かってくれるって」



小首を傾げてみせる少女は、春風に煽られる髪に
気持ち良さそうに目を細めて。


唐突に来た、春の景色


何でだろう、悔しいけれども


この景色を見て真っ先に浮かんだのは、今目の前に居る彼女だった



「・・・、とりあえず髪、梳かしてこいって。」

「・・・・・そんなに酷い?」

「頭が芽吹いてっぞ」



言ったら、うえぇ!!?と、顔を赤くして頭を押さえる。


そんな顔をするくらいなら、最初から確認してから出てこいと。


言いたかったけれども、きっとそれは


自分と同じ気持ちだったんだろうと、信じている。



例えば、何てことない気持ちいい天気の朝。


いつもの布団が、なんだかいつもよりも気持ち良くて
少しクタクタになった毛布が、逆に肌触りが良くて


それが、たまに出来た暇な日だったりとかしたら、もう最高で。


けれどもそこに、フと吹いた春の風を感じてしまったりしたら、
もうこうしてはいられない。


それはまるで、何か特別で素敵な事が起こる、前触れのようだから



「んでさ、」


「ん?」


「準備が済んだら・・・・」


慌てて部屋を出て行こうとした彼女を、引き止める。


ピョンっと横に芽吹いた、彼女の髪の毛。


春の風に揺れる様は、少し気持ち良さそうで笑えてくる。


「一緒に散歩、行くか。」


口元に浮かんでくる笑みを押さえようともせずに言ったら
は少しきょとんとして。


それから、ゆっくりと表情を変えた。


嬉しい、と。


そう言って。



「私も、それ言おうと思って来たんだ。」



この唐突に来た春の中


なんだか特別な日の様な今日を


同じ気持ちで、一緒に



「ラビと歩いたら、それがきっと、一番気持ちが良いから」



そう言って微笑う彼女に


このもどかしい様な愛しい気持ちを、どう伝えよう。






special thanks[哀婉

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