長いと思っていた道のりを

歩きすぎてしまったみたい

貴方の隣を歩く足跡は近すぎて

もう、戻る事すらも叶わない




優しい だ、きっと







長い廊下の道の先で、揺れる紅い髪を見つけて
走りよって距離を縮めた。


「ラビ!」

名前を呼べば、朝の廊下に声は反響して
目の前の彼は、振り返る。


自分の姿を捉えると、パッと輝く。


!はよ。」

「はよー。珍しいね?こんな朝早く。」


片手挙げて挨拶するラビに、同じように返して。
首を傾げて見せれば、彼の苦笑。


「いやー。コムイに呼ばれててサー」


「・・・何、またどっか壊したの?」


「ち、違ぇさ!任務だって!!
 なんでソッチが真っ先に出でくるんさ!!」


「いやぁ・・・だって、ねぇ?」


いつもの彼から考えてみれば、
任務よりも器物破損で呼ばれている事の方が多い気がして・・・

別に悪気はない。

事実の羅列だ。多分。


「ったく。
 失礼なヤツさな」


「ははは・・・。
 まあそう怒らない怒らない。」


腕を組んで、不機嫌な顔。


かわして、笑顔。


それから、彼の不思議そうな顔。


「つか、だって珍しいさ。」


「ん?」


「こんな朝早くに。
 低血圧症のお前が、こんな時間に起きてるなんて
 まずないっしょ。」


「ん〜・・・私も任務。
 ッて言っても、今帰って来たところだけど。」


言ったら、ラビは納得したように手を叩いてみせる。


「ああ、だからここ2・3日姿見なかったんか!」


「私の事にゃ興味なしか!このバカラビ!!」


ムカっとして、膝裏辺りに蹴りをかます。
上手い具合に入って、ラビがしゃがみ込んで悶絶してるけども
ンな事、一々構っていられない。


こっちは、そんなラビの言葉に、行動に
一喜一憂したりして、すごく癪なのに・・・


ラビは、自分の事になんて、興味もないのだから。



「まったく・・・」


ため息の代わりに、呆れた息を吐き出した。

しょうがない事なのは、わかってる。


今の自分たちの距離はきっと、兄弟とか、家族とか、そんな位置。

友達よりも、近い。

ある意味、恋人より。



触れる事の容易な場所。

でも、それ以上の望めない場所。



「冗談だーって。流石に気付いたサー」


「ホントにー?疑わしいなぁ・・・」



ホントホント。

言ってラビは、頭を撫でる。


大きくて熱い手が、優しく髪を乱す。



―― この手はいつか、私以外の女を抱く腕



「あ、そだ。
 任務から帰ったら、ちゃんと部屋片しなよ?
 また酷い事になってるでしょ。」


「えー。めんどくさいサー。」


「だーめ。じゃないと、私が勝手にやっちゃうよ?」


「あ、そっちのが楽かも・・・」


「・・・・・資料片っ端から捨ててってやる・・・」


「・・・帰ってきたら真っ先にやります」


「よろしい。」


腰に手を当てて、呆れた様に言ってやる。
その様子に、ラビは困ったような笑いを浮かべていた。

優しそうな、よく見慣れた笑顔。


―― その笑顔はいつか、私以外の女に向けるための笑顔。



「っと、ヤッベ!
 こんなトコでゆっくり話してる場合じゃねえや!
 今回ペアがユウだから、待たしてたら怒られるどころじゃねえって!!」


「げっ神田とペアなの?
 さっさと行った方が良いって。錆にされるよ?」


「冗談に聞こえねえ・・・」



言って、ラビは「それじゃあ」と手を振って走り出す。


廊下に反響する忙しない靴音。

遠退く背中が、もう自分の元に戻ってこないような錯覚。


しょうがない事だって、わかってるんだ・・・


引き止めたくて伸ばした腕は、空を切って降ろされる。



「ラビ!!」


代わりに呼んだ彼の名は、思ったよりも凛と響いて聞こえた。

空気を震わせる声。


少しでも彼に届くように

少しでも彼に残るように


精一杯の、笑みを浮かべて。


「さっさと終らせて、帰ってきなよ!!」


ラビは、フと笑って


返事の代わりに、親指を立てて高々と手を上げて見せた。


彼に届いている。


それだけでも、安堵。


遠退く背中は、振り返らなかった。


「絶対に・・・帰ってきて、ね?」


いつか、ラビはきっと、私を置いて遠く
手の届かない場所に行ってしまうだろう。


傍らに、私でない誰かを置いて


遠く、遠く、声すらも届かないほど。


その腕はいつか、私以外の誰かを抱いて


その笑みはきっと、私以外の誰かに向けられる。


その声はきっと、私以外の誰かの名を呼んで―・・・



私以外の女に、愛を囁くその声は、
今まで誰も聞いた事がない位に甘やかで

優しい歌だ、きっと。



                         ― fin...






D灰短編の記念すべき100話目のお話となりました。
ひ、悲恋が記念って一体・・・・滝汗
special thanks[哀婉

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