光る黒は黒曜石

風に靡けば絹の糸





ませた指の先




珍しく、任務の無い休日。

休日と呼ぶべきなのかは果たして謎な所ではあるが、
兎も角、部屋でゆったりと本を読むくらいの時間は確保できたその日。


いつもと何ら変わりない時間が過ぎる。


いつもと何ら変わりなく―――


一人の少女が、人の部屋で好き勝手な事をする。


とりあえず構うのも面倒だからと放っておくが、
放っておけば放っておくだけ、少女はやりたい放題だ。


今は―――人の髪の毛を弄り倒して、遊んでいる。


「・・・おい。」


いい加減鬱陶しさが限界点まで来て声を掛ければ、
は「ん?」と不思議顔。


そんな顔をする前に、まず気付け。



「いい加減ヤメロ。うぜぇ。」


いつもきつく縛る髪が、さらりと下ろされて、
は其処に、紅い漆塗りの櫛を丁寧に通す。


ほっそりとした指先が部屋の温度に冷えていて、
首筋に触れると流石に背筋が凍える。


は、くつくつと笑うだけだ。


「いいじゃん。神田の髪、こんなに綺麗なんだから。」


「知るか、理由になってねえだろうが。」


「なってるじゃない、こんなに。
 要約すると、綺麗なんだから遊ばせろと。」


「・・・・てめえに遊ばせる為の髪じゃねえよ。」


「じゃあ、他の女の子に遊ばせるための髪だ?」


そんな訳があるか。


内心毒づくも、背後でクスクス反応を楽しむ笑いが聞こえてくるのだから
それ以上の余計なことは言う気になれない。


それでも、他の女がこんな事をしていれば、
今頃はとっくに真っ二つになっていただろう事ぐらい、
コイツだって分かっているだろうに。

否、分かって言っているから、達が悪いのだ。


相当。



神田はやけに重たい溜め息をついて、
いい加減本当に放置の体勢に入る。


との会話の為に中断した読書に再び戻って、
先程読みかけた文章を探す。



「ねえ、神田。」

「・・・・。」

「神田さ〜ん?」

「・・・・・・・・。」

「ユウちゃん

「シメるぞ・・・」

「ちゃんと聞こえてるじゃないか。
 返事位しなさいこの反抗期め。」


誰がだ・・・・。


いい加減、呆れなのか怒りなのか疲れなのか、分からなくなってきた。


けれど、多分全部だ。


だから余計に疲れが嵩増しされている。



「・・・・何の用だ。」


「うん、見て見て



その語尾のハートマークに、不吉な予感が、チラリ。


目の前に突き出された鏡に映る自らの姿に
予感は予感ではなくなり、目の前に事実としての現実があった。


黒い髪が、高い位置にツインテール。

根元にはキッチリ、ピンクのリボン――・・・・


「・・・・・其処に直れ、叩き切ってやる。」

「ギャーッ!!それはあくまでもアクマに向けるものであって
 人に向けて使用してはいけませんって注意書きにあったでしょ!」

「あるか!!」

「嘘だ!!神田ってば絶対説明書読まないタイプだもん!!
 読み直せ!今すぐ、この場で、読み直せ!!!」

「そもそも説明書があるかコノ馬鹿!!」

「あ、ちょっと待って、今の本気で傷付いた。」


まさか神田に馬鹿呼ばわりとは・・・と


どういう意味だか、今此処で問いただしてやろうか・・・。


「分かった、分かったって、もー。
 解きますよ、其処座って、まったく。」


なんで、今この状況で、自分が悪いみたいな立場に置かれているのか、
とりあえず誰かに説明して欲しいくらいだ。


はブツブツ言いながら、また器用な手付きで
ピンクのリボンを解いていく。


「ぶーぶー。
 神田の為を思ってやったのに。」

「・・・てめぇは人の為を思うと
 人の髪をツインテールにして尚且つリボンまで結び付けんのか」

「ザッツライト!」

「もう一度言う、其処に直れ。」


やなこった!
べエッと背後で舌を出す気配。

何処のガキだ、コイツは・・・。


「だってよく言うじゃないのよ、髪をずーっと
 同じ位置でキツク結んでると、将来ハゲやすくなんのよ。」

「ハゲッ・・・」


なんかとんでもない事言われた気がして、
軽く言葉に詰まると、髪が解かれたのか、少し頭が楽になる。

の溜め息が、やけに重たい響きで、落ちて来る。


「私嫌だよ〜?神田がザビエルさんみたいになって
 あの団服を靡かせて六幻をふるう姿見るの。
 それが私の将来の旦那さんなんて耐えらんないよ〜?」


中盤から、の言葉は余り頭に入っていない。

だから、誰が将来の旦那だ、とかそう言ったツッコミ以前の問題で。


・・・だって、なんか想像しちゃったじゃないか。


てっぺんハゲで団服で、六幻な自分・・・・。


「神田?おーい、生きてるかー?戻って来いー?」


腕を組んだままの状態でフリーズした神田を見やって、
手をヒラヒラさせてみるけれども、応答なし。

誰かちょっと強制終了してみてくれない?とか。

思ってみたりもしたりして。


「おい神田。いい加減気を確かにしないとちゅーするぞ。」

「そんなにテメェは自分の血が見たいのか。」

「あっはっは、まっさかー・・・・
 ごめん冗談だから六幻抜くのやめて、しないから。」


そんな果てしなく冗談が通じない感やめて頂戴。

目がいい加減マジな神田に早々に白旗を上げれば、
どうにか小さな舌打ちで気を収めてくれた。


ホっと、一息。



「ねえ、神田。」


気を取り直して、再びその漆黒の髪に櫛を通す。

何だ、とぶっきら棒な答え。

その素っ気無い、でもちゃんと返してくれる返答に、
思わずクスリと笑いながら、丁寧に、丁寧に、髪を梳く。



「私以外の誰にも、神田の髪、触らせちゃやだよ?」


「てめぇのモンじゃねーんだよ、勝手に私物化すんな。」


「うんー・・まあ、そうなんだけど、でもさ。」


ほんの少し考えるような間があった。

そして、その後に苦笑の気配。

でもさ、ともう一度続く。


「神田の髪、綺麗で優しくて――あったかくて。
 だから、誰にも触らせたくないなーって・・・だめ?」


何がだ、とか。

僅かに吐いた溜め息に答えは返らなくて。


の指先が髪を結い上げていく感触に
ゆっくりと瞳を伏せながら、呆れた様に言った。


「そもそもだ、」

「ん?」

「てめえ以外に触りたがる物好きなんざ、いねえんだよ。」

「・・・・そりゃそうだ。」


最後の返答には、いつも通りの笑みが含まれていた。

はい、出来た。

がそう言って、縛り上げた紐をきつく閉じる。

頭に再び圧迫感を感じるが、それは、もう既に感じなれた物だ。


今度はきちんと、彼女も縛り直したらしい。


ふうっと息を吐くと同時に、背後からそっと抱きしめられた。



「次の任務も、ちゃんと生きて返ってくるよーに。」


また、髪の毛弄らせてもらえるの、楽しみにしてるから。


が、笑う。


「・・・・気が向いたらだ。」


素っ気無く、神田は返して。


唇は、どちらともなく、重なり合った。

時を止めるキスに、温もりが伝わって、幾度か角度を変えた後
舐める様な仕草で、そっと離れる。


「大好きだよ。」


すんなりと出てきたその言葉に、
神田は少し目を見開いて、ツイっと顔を逸らした。


その逸らした顔から、
何かゴニョゴニョと言ってるのが聞こえる。

しばらくそのゴニョゴニョを解読してから、ようやく


『いきなり素直になってんじゃねーよ』とのお答えを貰ったと分かって
どうやら、随分と照れていたようだ。


ああもう可愛いなコイツ、とか。


自分が今更そんなの思って、どうするんだ。


「ねー、神田。答えはー?」

「気が向いたら返す。」

「だめ、今言え。」

「・・・・愛してる。」

「・・・・・・・。」

「んだよ。」

「いや、むしろこっちが言いたいよ。
 なんで急に素直?余計に可愛いじゃんか。」

「やっぱり見るか、自分の血。」

「全力で拒否しまっす。」


だからその六幻しまいましょう。

しばらくそんなやり取りをして、
結構な間――ほぼ一方的に――笑い合う時間が続いた。



光る黒は黒曜石

風に靡けば絹の糸

貴方とからめた指先の

優しい温もりは誰のもの?


[08'0218...書き直し]

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