あの日 起きた惨劇に

泣くことすら出来なかった

君は許してくれるだろうか

いつまでも

愛の証を 光らせる

そんな 僕のこと――・・・・





び付いた
を嵌めて






「あれ?バク支部長。
 ソレ・・・・指輪ですか?」

部屋に資料を届けに来た新人研究員が、尋ねる。
その言葉に、走らせていた羽ペンを止めて、
アジア支部支部長バク・チャンは、その研究員を見た。

「あぁ・・・まぁな」

そう言って、左手の薬指にはまる指輪を見やる。

今では、セピア掛かった記憶の中で、
鮮明に笑顔を残す彼女と誓った、愛の証。

年月を重ねる度に、錆び付いたそれは
それでもいつまでも自分を戒めた。

「へぇ・・
 支部長、結婚してたんですか」

「馬鹿者。僕はまだ独身だ。
 別に、恋人位いてもおかしくないだろう」

「おかしくは無いですけど・・・誰なんですか?
 誰にも言わないんでコーッソリ教えて下さいよ」

「・・・サッサと仕事に戻らないか」


悪乗りしてきたソイツに、煩わしそうに言えば、
研究員は口を尖らせて「ハァイ」と間延びした答えを持って
部屋を出て行った。


「誰なのか・・・・か。
 今は居ない彼女の事を話しても、仕方ないだろう」

そして、いまだに想い出を引きずっても、仕方ないのに・・


「お前はまだ、
 僕をこうして縛るんだな。」


左手に鈍く光る指輪
捨てたくても、棄てられなくて―・・・・



「僕は・・・あの時まだ
 浅はかだったんだ・・・・」





懺悔にも似た呟き。





まだ、若かった。
そして、浅はかだった。







、聞いてくれ!
 黒の教団アジア支部の支部長に、俺様は見事選ばれたぞ!』

『本当っ!?
 やっと昇任だねぇ、バクちゃん♪』

『ちゃんは止めないか、ちゃんは・・・
 ・・・一度はコムイに室長の座を取られた物の
 支部長も、平で居るよりは悪くない。』

『がんばったもんね、バクは』


あの時は、いつでも笑顔で君は居た。

エクソシストで世界を飛び回る
わざわざ教団まで出向いたり電話をする位しか
連絡の手段が無かった自分とが一緒にいる時間は
とても少ないものだったけれど・・・・

それでも、彼女の思い出には笑顔が多かった


『でも、これで僕も
 本部に行く機会が多くなる。
 。お前と会える機会も、きっと多くなるだろう』

その時の彼女の様子に
気付く事さえ出来ていれば―・・・・


『・・・・うん。楽しみにしてる』


もっと早く、会いに行けたのに・・・・


「・・・・・植物・・・人間?」

「・・・は不治の病だったんだ。
 一ヶ月前から、もう任務に出ることも出来なかった。
 ・・・・身体機能は徐々に低下して・・今では・・・もう・・・」

支部長になってからは初めて、本部に出向いた時に
コムイはそう告げた。

けれど、あの時の自分の何処に
その言葉を信じられる要素があるのだろうか

だって、この間まで普通に声を聞いていた。

だって、この間まで普通に話をしていた。

だって、この間まで喜んでくれてたんだ。

これから、会う機会が増えることを―・・・


「なら・・・
 それなら何故
 もっと早く知らせてくれなかった!!?」

「口止めされてたんだよ。
 君が支部長に昇任できたこと、喜んでいたから。
 折角の気持ちを、台無しにしちゃいけないって」


「そんなの・・・・
 後で聞かされようが、思う気持ちは同じだろうっ!!?」

君を失う悲しみは、変わらないのに。
それでも、もっと早く、君の下に来れたかも知れないのに・・・

「病の進行が早かったんだ。
 此処までになるのは・・・・もっと先のことだと・・・・」


けれども、容態は突然悪化した。
成す術も無いまま、君は人形と変わらぬ姿に―・・・


「今ならまだ、彼女に会えるよ」


コムイに言われて、顔を上げた。
ソレはもう直、会うことも叶わなくなると

そう、意味を含めて・・・・






あの時はまだ、浅はかだった。

自分の事に浮かれていて
彼女の苦しみに気付くことも出来なくて・・・・・

若くて 浅はかで 愚かだった・・・


・・」

ベッドに横たわる君は、もうその瞼を開けることもなくて

「・・・・僕は・・・・愚かだな・・・」

こんな君を前にして、
涙すら、零れないんだ

もっと早く気付けば良かった。

もっと早く来れれば良かった。


 これは・・・僕が今度会えたときにと思って買っておいたものだ。
 一緒に・・・持って逝ってくれるか・・・?」

答えも返らない。
そっと握った手は、まだ暖かくてそれでも
骨に皮が張り付いて様に細っていて

そんな指に、そっと嵌めた

指輪―・・・・


「・・の・・・よろこぶ顔を見たかったな」


この手が冷たくなるなんて、
信じられなかったんだ・・・・





「あれからもう、何年経ったんだろうな」

古い記憶。
セピア掛かっていて、まだそんなに昔でもないのに
思い出すことも簡単なのに

もう何処か、かすんだ記憶―・・・・


今でも君は、戒める。

左の薬指

君がまだ、縛ってる


「・・・重なるんだ」

あのまだ幼気の残るエクソシストと・・

あの揺れる黒髪が

花の様に咲く笑顔が

華奢な体つきが・・・

顔は全く似ていないのに

重なって、悩ませる


・・僕は・・・・・・」


まだ、愛してる


君の事を

愛して・・・・いる・・・・



「まるで、手枷の様になってしまったな」

愛の証として、君に送った指輪。
自分の手に鈍く光る揃いの指輪。

今ではまるで、愛の証と言うよりも

浅はかだった自分への
戒め 束縛 手枷の様に―・・・・


「・・・・君が許してくれたのかも、
 僕にはもう分からないんだ・・・・」


愚かだった自分を君が許してくれたのか・・・・



錆び付いた指輪を嵌めて

戒めに縛られて

それでも まだ

君を愛する

あの日の幻影に 悩まされても―・・・・・



                           ―fin...




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