平穏なだけは物足りないなんて

贅沢も良い所だけれど

もう、逃れる事はできない―・・・





望に
招か






晴れ渡る空を見上げて、何となく、街中の喧騒を聞いていた。


本当なら久々の休み、
のんびりとベッドで寝て過ごすつもりだった。


だって、毎日が忙しすぎて
こんなにのんびりした日は最近無かったから。


年頃の自分の青春が
アクマ退治で潰されてるって、どうよ自分・・・


言って遠い目をしてしまうほど、此処最近任務のオンパレードで、
別にそんなんギッシリ詰まってても嬉しくない。


久々の休みを手に入れて、本来なら
疲れた羽を癒すつもりで。


でも、毎日動き回ってる体に
ボーっとしている時間は、少し拷問だったらしい。


なんだか落ち着かなくて、結局こうして、
普段しない様なおしゃれなんてして、街に出てきてしまった。


まあ、最近洋服とかも買ってないし
たまには普通の女の子みたいにショッピングなんてのも良いかも知れない。


そんな気持ちで、街を歩いた。


久しく忘れていた、この空気に
胸は自然と躍り立つ。

人々のざわめきや、露店の活気ある掛け声。
大道芸人たちに笑う子供の声や、


溢れる、笑顔――・・・


自分たちは、この人達の為に戦ってる。

楽しいばかりじゃないけれど、それでも誇り高かった。


ただ、それだけ。


それだけの休日を過ごしていたわけ・・・なんだけど・・・



「・・・なんで私、コイツと並んで歩いてるわけ・・・・?」


人々が活動的になる午後。

何故か自分の隣には、仲間を殺しまくったノアの男が居て、
しかもどうした事か、一緒に露店なんか見てる。

名前も知らないノアの男は、露店の兄ちゃんから何か買っているようだった。


ただの休日だったはずなのに・・・・


だから、なんで自分は敵である男と買い物中なわけ・・・?


「可笑しい・・・絶対可笑しい・・・
 っていうか偶然街で会いましたなんて事
 普通に考えて有りなワケ??
 狙ったとしか思えないんですけど。っていうかストーカー?
 うっわ、引いたわこの変態天パノア。」


「・・・・それ、俺に訴えてんの?それとも独り言?」


「独り言よ気にしないでっていうか話しかけんな変態天パノア」


「ねえそれはオレに訴えてるよね、言い返していい?ねえ」


「自意識過剰ですか痛々しい。」



っていうか話しかけてくんなって言ってるの聞こえないんですか。


「あのねぇ・・・・」


引き攣った笑いの男なんて、スルーした。


クルリと身を翻して、人ごみの波に乗って歩き出す。
男は頭を掻いて後を着いて来た。



やっぱコイツ、ストーカーじゃないのか・・・?



あの男を撒くまでは、
出来るだけ人込みを離れないほうが良さそうだ。

今の自分に、身を守る団服は無い。
戦うための武器も無い。

こうなったら、足掻くか、
死ぬ覚悟とかしておくしかない。


この男は、強い。

スーマンを殺した、ノアの男だ。



「そんなに警戒しなくても、
 べつに何か事起こそうってワケじゃねぇって」


「信じられると思う?」


「思わない。
 でも、思ってもらわないと話も出来ねぇし」


「私は、貴方と話す気はない」


「わあお。キツイお言葉」


そう肩を竦めて見せる姿はおどけていて
無性に、腹立たしい。


「殺すの?」

「殺して欲しい?」


怒りを抑えるように言った声は震えて、
それがまるで、怯えのせいに震えているようにも聞こえて
自分で自分に腹が立つ。


男のその受け答えには、尚更だ。


「つーより、幾らオレでも白昼堂々、しかも街の真ん中で
 人殺しとか大乱闘とか?起こしたくないワケよ、わかる?」


言って笑う男。

嗚呼、やっぱり人ごみ離れないで良かった。



「それって、街の真ん中じゃなかったら
 何かしてたかもしれないってことでしょ。」


「さー、気分次第じゃないの?」


「気分次第で殺されたらかなわないんだけど。」


「ははっまあ大丈夫でしょ。
 お嬢さんは殺すつもりないから」


「気分次第でどうとでも変わるんでしょうが
 変態天パストーカーノア。」


「ねえちょっとなんか増えてない?」



なんか気分変わっちゃうかも・・・


言う男はやっぱりスルー。



「ま、いいや。
 今日はお嬢さんと話も出来たし、帰ってやるよ」


「・・・さっさと逝け」



「はは・・・っ
 でも、ちょっとその前に。」



「っ!?」



言ったと思ったら、唐突に左手を取り上げられる。


おいおいおいおい、白昼堂々殺しはしないんじゃなかったのか?

ちょっと天パは酷かったかしら?

嗚呼、生まれつきの事だから
小さい頃それで苛められたりしてたのかもしれない。

いやいやいやそんな事考えてる場合じゃないでしょ自分。


背筋に一つ、冷や汗が落ちる。


「ちょっ離してよ!」


言って、まだ自由な右手を突き出すけれども、
男の体は霧でも掴むように突き抜けてしまった。


見ていた通行人が、ギョッとした様子で通り過ぎていく。


「・・・私の左手は触れるくせに、右手には触れないって?
 随分と便利な体ね?変態ストーカーノア」


「お、雑言が減った。」


「うっさい。」


手を振り払おうとしてみたけれども、
流石に男は力が強くて、僅かにも動かない。


耳元に男の口が寄る。


「俺は、アンタを殺さない。
 殺す気もないし、殺せない。」


「な、に・・・?」



耳元の言葉に、熱くなる。

その熱に頭が犯されているようだ。

男の、笑う音がした。



「一目惚れってヤツ?」

「はぁ!!?」



驚く私に、男は笑顔で「なんて、な」とか続けた。


なんなんだコイツ。

ワケがわからない。


2度、会っただけの男だ。


敵であるはずの男だ。


名前すら知らない男だ。


ワケがわからない。


唖然として男を見ていれば、
男はポケットを探り、先ほど露店で買った袋を取り出す。


器用に片手で袋を開けて中身を出して見せれば、
小ぶりの石の付いた指輪が、手の平に転がった。


「ちょっ、まさかとは思いますけどね・・・?」



引き攣った笑いで、まさかね?とか言ってみるけれども、
男はただ、ニヤリと笑っただけで、


左の薬指に、指輪が輝いた。


嵌っている石にキスを落とし、笑ってみせる。
その瞳に掴まって、手を振り払う事すらもできない。


「お嬢さん、名前は?」


「・・・・・・・・・・。」


「それじゃ、
 俺はアンタを殺さない。・・・でも、逃がさないよ」



そして、呆気ないくらいにあっさりとその左手を離して
踵を返し人ごみに向かって歩き出す。



「今日はとりあえず帰るよ。
 また今度会おうな。それと、」


その響きは、優しくて


「私服も、なかなか似合ってる」



・・・・何だこいつ。


ナンダコイツ


ワケがわからない。


いきなり現われて、人の事しつこく追ってきて、
勝手に露店で買った安い指輪人の薬指に嵌めて―・・・



何なんだよ、コイツ。


本当に、ワケがわからない。



「ちょっと待ってよ」



仲間を殺した、コイツの行動と

コイツを引き止める、自分の行動。



「人の名前聞いたんなら、
 アンタの名前くらい、教えなさいよ」


・・じゃないと、次に会った時、
また『変態天パストーカー』って呼ぶからね。


言ったら、男は少しだけ振り返って

笑いながら、言った。


「ティキ」


また会おうな、

そう、続けて。

その背中は人込みに紛れて消えてしまう。



「・・・・・会わないわよ。ばか。」


『次に会ったら』。


その意味を、分かってるんだろうか。


次に会った時は、自分たちは傷付け合わなくちゃいけない敵同士で―・・・


「って、いいじゃない、別に。
 あんなのと、戦う事になろうと、なんでも。」


一人ごちて、なんとなく左の指に嵌った指輪に唇で触れてみたら
小さな石は、温もりも何もなくただ、無機質なだけだった。


「さって、帰りますか!
 あーもー、なんか逆に疲れちゃったよー」


言ってみるけれども、その疲れさせた当の本人の顔は
ずっと心の中で、膿むように痛んで広がっていく。


本人すらも知らないところ。

ずっとずっと意識の奥で


今、絶望が手招きした ――・・・



                    ― fin...




special thanks[哀婉

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