気付かないで

そのまま

この手をほどいて


私の言葉が 

貴方の その心に


響いた時に そっと

涙を流してくれれば良いから





覚しては
いけなか
た感情






夜道をひたすらに歩くのは、貴方のため。

馬鹿らしくて、今じゃ笑い話にもならない理由。

『敵に恋しました』なんて、今時流行らないでしょう?

それでも、私は好きになった。

私の大切な仲間だった、あの白髪の少年を殺した男を。


息は既に夜道に白い。
呼吸を繰り返す度に、夜空へ広がる。
寒空に、星はただただ澄んでいた。
この無数の星の様に、人だって、ムダにたくさん居るのに・・と
自分の運命を呪う。

何故、自分がわざわざエクソシストになんて、選ばれたのか。

選ばれなければ、あの人を好きになることも
許されたかもしれないのに。

こんな夜道にコソコソと
裏道を通ってあの人の元へ行く必要もなかったかもしれないのに。

日の光が気持ち良い日に、
2人で並んで歩くことだって、出来たかもしれないのに。

無数の星から一握りしか選ばれない運命に
自分が掬い取られるなんて、思いたくもなかった。



「・・ティキ」

暗闇を呼ぶ。
声は冷たい空気の中で、乾いて響いた。
反射の声に呼応して、暗闇がうごめく。

足音と共に月夜が映し出したのは、
ニコリと微笑む、その姿。

「よぉ。
 本日もこんばんは?

低い声も、また、夜空に・・・

その男・・・ティキの体には血の匂いが染み付いていた。
いつもは、香水で誤魔化している、不快な匂い

「・・・人、殺したの?」

「そ。
 エクソシストを一人ね」

ティキは何でもない事の様に答える。
団服から奪い取った持ち主の名前が彫られているであろう
銀細工のボタンを、指先で弄びながら。

の手に、ギリリと力が籠もる。

「敵・・・・だから?」

問いかけに、軽い口調の短い答えが返ってきた。

ボタンの持ち主は、誰だったのだろうか?

もしかしたら、自分が会ったことのある人かもしれない。
この人はまた、自分の大切な仲間を奪った。
その手で、楽しむように命を奪った。

「・・だったら、私も殺してよ」

自分も敵なのだから。

こんな愚かな私を殺して。

敵を愛したこの私を。

危険な恋になど、興味がないのだ。

ただ、たまたま愛したティキが、敵だっただけ。


は殺せない。
 敵である以前に、俺が愛した女だよ」

肩を竦めるこの男が憎い。
それ以上に愛おしいと思う自分が恨めしい。

「愛してる」

呟いて、夜風に触れて冷えた頬に
暖かくて大きな手を添えて。


今宵は満月

月が煌々と輝く

色のない陰さえも長く伸びるほど

分厚い雲が、青白い月を隠そうと流れる。

夜雲が月を隠す前に

2人の人影が重なった。




「・・・やめてよ」


優しく名前を呼ばないで。

せっかく決めた心の中が、再び揺らぐ。

「ねぇ、殺せないなら、一緒に死のうか?」

「冗談だろ?」

「本気よ」

真っ直ぐに、その目を見つめる。
普段は優しく笑ってるのに、今は本気の色が怖い。

「・・ティキがどう思ってるのかは知らないけど、
 私はこうゆう女なの。
 愛した人が傍に居ないのは寂しくて、古臭い考えで・・・・
 愛し合うことさえ許されないなら、心中した方が良いって。」

頬に添えられてた手が、そっと降ろされる。
温もりの消えた体は、夜風に晒されて寒かった。

「愛想を尽かしてくれていいわ。
 ・・・むしろ・・・・・
 私の事、嫌いになって。
 そして、忘れて?」

「・・・どうゆ意味だかわからねぇな。」


「私、もう此処には来ない」


微笑みは、隠れた月明かりの元に見えない。


「わがままなのよ、私。
 一緒にいられない人、ずっと好きになんてなっていられない。
 だから私は、もっと近くにいる人でも好きになるわ。
 貴方も、もっと別の良い女でも見つけてよ」

突き放した、言葉。
月が、雲からゆっくりと自身を現す。

再び闇夜に浮かんだティキは、瞳を伏せていた。
ゆっくりと開かれた瞳は、私を捕らえて。

「平気なのか?」

「何が?」

「次に会ったら、敵同士だ」

「・・・・そうよ」

「戦えるのかって聞いてるんだよ」

最期まで、そうやって優しい気遣い。
ホント、貴方が敵だなんて、まだ信じられない。

「・・次に貴方に逢うまでに、私は近くに
 大切な人を作るわ。」

「だったら、俺はソイツを必ず殺すよ。」

「それなら、私はその人を守る為に、
 貴方と戦う。」

それが私たちの、戦う理由――・・・

「まぁ、それまでは・・・・
 ”月がコイビト”とでも、言っておくわよ」

今日、貴方と私を照らした、
同じ月を―・・・

「クサイ事言うねぇ」

「言ったでしょ?」

今度の微笑みは、月が照らした。
一筋の涙が光る、美しい微笑が

「私の考えは古臭いのよ」

こうする事でしか、貴方への気持ちを
    どうすることも出来なくて――・・・・

クルリと踵を返す。

「私、行くから。
 今度会うときまでに作る恋人を楽しみにしててよ」

「ま、楽しみにしてるよ」

また君に会える日が来る事を。

月の輝きは、遠ざかる彼女の背中を
徐々にシルエットへと変えていった。




「バレッバレなんだよ。あの馬鹿が・・・」

月夜の中で一人呟き頭を掻いた。

これでは、いつまで経ってもきっと自分は戦えない。

心が未だ、繋がってる。

・・・・再び・・・・

”敵”として出会ったら、その時は・・


「一緒に死んでもいいよ。
 ・・・・」












「・・・・・ごめんね、ティキ・・・」

呟きが、白いと息になって夜空へ消えた。

きっと、私は貴方をいつまでも愛し続ける。
次に会うときには、戦えないかもしれない。

そしたら、殺して。

貴方の手で。

自覚してはいけなかった感情に
気づいてしまった私の事。

いつまでも”過去”に出来なかった私の事。

最期の瞬間、

貴方を愛した私の言葉が

貴方の その心に

再び 響いた時に そっと

涙を流してくれれば良いから






また出会うときまで、
 この感情は、自覚しないで――・・・


                           ―fin...



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