今は春

星の宴に 闇は濃く

散り行く花の美しい季節

儚いからこそ 美しい季節―・・・・





になって
自由






冷たい土でさえも、暖かく感じる。

体から流れる血液を吸い取る地面の上で
遠退く意識を感じながら、白く形を失くして空に上る息を見る。

この辺りの夜は冷え込む。

頬を撫で過ぎる風は、体の体温を奪い
ジリジリと近づく死を彷彿させる

「あーぁ、やり過ぎちゃった
 これじゃ、人形としても使えないや。
 土台は悪くなかったのにな〜・・・残念」

そう言って見下ろしてくるのは、一人の少女。
私に、もう助からないであろう傷を負わせた娘。

「ま、なかなか楽しめたよぉ
 僕、ロードって言うんだぁ。もう意味無いだろうけど
 一応覚えておいてよ〜」

ロードはそう言って、私の顔を覗き込む。
赤黒い肌の少女の顔を、私もただ、見つめ返した。

フと、無邪気な子供の笑顔を浮かべるロードは
先ほどまで、まるで玩具で遊ぶかのように私の体を傷つけた。

・・・・不思議と、恨みも憎しみも

何も、感じはしないのだけれど・・・・・


「アンタ、良い顔してるねー。
 ねぇ、名前はぁ?なんて言うの?」

「・・・・・

・・・ねぇ。いい名前じゃん。
 ねぇ、。死ぬのって怖いぃ?」

可愛らしく首を傾げる少女。
ソレを見ても何も感じられないのは
自分の心の無関心さか、それとも、遠退く意識のせいか・・・・

「・・・意外と・・・呆気ない・・・。ただ、それだけ。」

人の最後など、こんなものか・・・

いっそ恐怖さえも感じることが出来たなら
或いは、自らの運命の残酷さを、嘆くことも出来ただろうか・・・?

自らを殺した少女と会話をするなんて
最後の最後で、貴重な体験をしているものだな・・

どうでも良い事ばかりが、頭を巡る

生に対する執着心など、コレでもかと言うほどに感じなかった。

来るもの拒まず・・・なんて言葉がある。

正にあれだろうか

自らに襲い来る死を拒むことも、
遠ざかる生を追いかけることも、何も、興味は無い。

「ふぅん。そんなもんか。
 じゃぁさ、折角だしアンタが死ぬまで話でもしようよぉ。
 人形に出来ないなんて、アンタ、勿体ないしさぁ」

「お好きな・・・ように。
 どーせ、死ぬまでヒマだから」

血の流しすぎだろうか
頭がグラグラする。

決定的な傷を、体に負っているのにも拘らず
死はあくまで、私に恐怖心を植え付けようと必死らしい。

ジワジワと、ゆっくり、けれども確実に
私の体を蝕む方法に出た。

どうせなら、一思いに逝ってくれれば良いのに・・・

「ねぇ、はさぁ
 生まれ変わるなら、何になりたいぃ?」

興味津々と言った感じのロードが、身を乗り出して聞いてくる。

これから死ぬ人間が、これからの事を考える・・・

なんだか、おかしな話だ。

けれども、それもそれで面白いかもしれない。

「生まれ変わるなら・・・ね・・・。
 風・・・・なんて・・・どうかしら・・・・?」

「風ぇ?また不思議なものになりたがるねぇ」

「そ・・・ぉ?良いと・・・おもうわよ。
 十字架になんて・・・・縛られずに・・とても、自由・・・。
 誰にも囚われず・・・・世界を巡って・・・」

肺が痛んできた。
息は苦しい。
咳き込んだら、口の端を一筋の血が流れ
また一つ、血が土に染み込んだ。

もう殆ど考えられない頭は
それでも、何処かが冴えていて、余計な事を考える。

「自由・・ねぇ。
 は自由になりたいわけぇ?」

「そ・・・ね。今更になって・・欲も出てきた・・わ。
 理不尽な・・・神様に振り回されて終わりは・・・悔しいじゃない・・・?」

「ふぅん?」

ロードはとても興味深いものを見るような瞳で見つめる。
その表情は、どこか楽しげだ。

死に際の人間の話を聞いて、何が楽しいのだろう?

私には・・・よく・・・・わからない・・・


「ねぇ、〜。
 もし風になって、自由になったらさぁ・・・・」

「・・・・・・」


死の瞬間が訪れる。
少女の声を、最後に聞いた。


「僕達の行く末を、見ててほしいなぁ
 僕のそばで・・・・ね?」


瞳を、ゆっくりと下ろして、女は死んだ。
最後に浮かべた微笑みは、了承の意と取っても良いのだろうか?


「・・・・・っあーぁ、やっぱ、勿体無かったなぁ・・・・」


彼女を殺すのは、あまりにも勿体無かった。

手を伸ばしても、もう届かない。


フワリ、春の風が吹いた。

甘やかな風は、優しく撫でて死臭を攫う。

触れようとしても、触れることの叶わない風・・・・・

吹いた風は、何処へ行くのだろう

風は本当に、自由だっただろうか・・・・?


答えを見つけた?・・・


ねぇ、


「アンタはさぁ
 風に・・・・なれたかなぁ・・・?」




                ―fin...






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