哀しい夢を見た。


乾いた土

岩壁だらけの世界

ねずみ色をした空


風が鉛色に吹く。

どんよりと重たい空気。


音はしない。誰もいない。


彩の無い世界。

ぽつんと一人、居た。


「誰か・・・いませんか?」


声が、遠くにすうっと消えていく。

返事は、ない。


自分以外の全てが虚ろで、その内だんだん、怖くなる。



時々、こんな夢を見る。

自分以外に人がいない、寂しくて灰色の夢。


この夢を見る度、
自分はずっと独りぼっちと、哀しくなる。


「誰か・・・」


迷子の様な声音。

返事は、ない。






99% の絶望と1%の希望の果て






「何、仕事サボって寝てるの。」


不機嫌そうな声で目が覚めた。

一瞬何が起きたのかわからずに辺りを見回して、
一人の男を見つけて、納得した。


「・・・おかえりなさい、雲雀さん。」


「・・・ただいま。」


不機嫌そうな声のまま、答え。

どうやら、彼が校内巡回を行っている間に、
ついウトウトとしていた自分が、お気に召さなかったらしい。


確かに、今日のノルマである書類は、ほとんど片付いていない。

彼がこの応接室を出て行った時のまま、目の前に山積みだった。


・・・面目ない。


。」


「はい?」


「何・・・泣いてたの。」


問われて、不思議そうに頬に触れる。

別に、涙が流れているわけじゃない。


よく分からなくて困っていれば、雲雀は溜め息をついて、
手を伸ばして頬を擦る。


雲雀の長い指が、目元の辺りを丁寧に撫でた。


「・・・跡が付いてる。」


「・・・・マジですか。」


言ってから、ポケットに入っていたコンパクトミラーを取り出して、
自分の姿を映す。


確かに、頬に涙の軌跡らしい跡が白く残っていた。


「うわ、」とか言いながら、制服の袖で乱暴に擦る。


雲雀は、もう一度溜め息をついて、目の前のソファに相向うように腰掛けた。


「それで?」


「へ?」


「まだ、答えを聞いてないよ。」


言われて、何のことだったか少し考えた後に、
ああ・・・と、思い出したかのような声を上げた。


少し言いにくそうに口篭った後に、情けない様な笑みを浮かべる。



「ちょっと・・・怖い夢を、見たんです。」


「君、一体いくつ?」


「・・・悪かったですね、子供っぽくて。」


頬を膨らませて言ってみたら、鏡の中の自分は余計に子供っぽくて
情けなくて止めておいた。

雲雀は呆れたような息を短く付いて、
目の前の書類を一つ取り上げてサッと目を通す。


長い睫毛が、伏せられた漆黒の瞳に、更に深い色の影を落とす。


「何見たの?」

「え?」

「・・・夢。」


断片的な雲雀の質問。

やっと言葉が繋がると、は苦笑した。


「昔から、時々見る夢なんです。」


彩の無い夢。


呼んでも誰も答えてくれない


世界に独りぼっちの夢。


荒れ果てた、地平線ばかりが続く世界


誰も居ない


何も無い


寂しいだけの夢


やがて静寂が、恐怖に変わり


誰かを求めて呼び続ける


返事は、ない。



「ふーん。」


興味も無さそうに、雲雀は言う。

パサっと、少し乾いた音と共に、雲雀は目を通していた書類を
机の上に乗せると、口元だけ、笑って見せた。


「良い眼科、紹介しようか?」


「はい?」


「今君の目の前には、僕がいるんだけどね。」


その言葉に、はぽかんと、口を開けたままで固まる。

「何間抜けな顔してるの、」と雲雀。

言われて、はえっと・・・と、少し困ったように口篭って、
そんなに、雲雀はもう一言だけ、念を押すように付け足した。



「それが見えないなら、
 良い眼科紹介するよって言ってるんだけど。」



は、ゆっくりと首を横に振った。


さらりと、髪が揺れる。


笑みを含んだ雲雀の、珍しく優しいその表情を見つめながら


ほんの少し、泣きそうになりながら


「大丈夫・・・見えてます、ちゃんと。」


一人じゃ、ないです。


そう、言った。








哀しい夢を見た。


乾いた土

岩壁だらけの世界

ねずみ色をした空


風が鉛色に吹く。

どんよりと重たい空気。


音はしない。誰もいない。


彩の無い世界。

ぽつんと一人、居た。


「誰か・・・いませんか?」


声が、遠くにすうっと消えていく。


返事は、ない。


虚ろな空間に座り込む。


鈍い色をした風が吹く。


その視界の端にふと、何かが揺れた。


重い風に吹かれるそれは、小さな花だった。


自分の隣に、寄り添うように咲く漆黒の花。


色の無い世界で、同じようにモノクロの色をした花が、揺れて、揺れて。


同じ彩の無い世界に咲いた漆黒の花は、それでも回りに馴染む事無く
あくまでも一つの『色』として、咲き誇っていた。


濡れるような鮮やかな黒。


「ねえ、」


呼びかけても、花は答えない。

独りぼっち、だけれども、花はずっと傍にいて、揺れていて。


怖くは、なかった。


「一人じゃ、ないね。」


返事は、ない。









「また寝てるの」


応接室に戻ってきた雲雀が、呆れた様に小さく問う。

机に腕を組み頬を乗せる彼女は、起きる気配を見せない。


いい加減書類が片付かないな、と、彼女の目の前のソファに腰掛けて。


彼女の寝顔を見て、溜め息をつく。



「今日は、笑ってる。」



この間は、泣いていたくせに。


コロコロ変わる子だと、呆れる。


さわりと、冬の乾いた軽い風が吹いて、彼女の髪を揺らす。


光が溢れる世界。


揺れるレースのカーテンが、淡く光を滲ませる。


雲雀は立ち上がり、僅かに開いていた窓を閉めた。


温度の下がった室内が閉鎖される。


外界の音が遮断された部屋の中で一つだけ聞こえる、彼女の寝息。

そっと近づいて、髪を撫でる。


「良い夢を、。」


彼女は小さく吐息を漏らして、幸せそうに笑った。



                    ―fin...





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