ねぇ、 触れた手のぬくもりも

時には不安定になってしまうから

そんな時には 名前を呼んで

ただ、抱きしめてください―・・・・




抱きしめて
抱き寄せて






「・・・・・。」



「・・・・・何」

「何を、そんなにむくれてるんですか?」

「べっつにぃ」

答えて、はソッポを向いた。

言葉に反して、明らかに機嫌が悪い。

覚えは、ありそうで、ない。

理由が分からない以上、曖昧なご機嫌取りしか出来なくて、
困った人だな。と溜息を吐く。


「僕はまた、なにかしましたか?」

「覚えでもあるの?」

「・・・・いえ。」

「なら、ないんじゃないの」

そっけなく、答え。

そう言われてしまえば、何も言い返せない。

もう一度溜息をついて、目の前に座り
そっぽを向くの頭に触れる。

大きくて、少し骨ばった手が、優しく髪を梳いた。

「怒ってますか?」

「怒ってませんよ。」

「怖い顔してますよ」

「生まれつきです。」

わがままなお姫様は、なかなか機嫌を直してくれない。

「ただ・・・」

途方にくれたように目を閉じた骸に、
が言葉を紡いだ。

「ただの、八つ当たり、だよ。」

「八つ当たり・・・ですか。」

やれやれと、困ったような息を吐いた。


「何かありました?」

「何も無いけど、八つ当たり。
 骸は優しいから、ちょっと甘えただけ。」

それから、やっとは骸の目を見る。
骸の手は、頭から頬へと滑り落ち、首に回ると、抱き寄せた。


「・・・・不安、ですか?」

「・・・・・・。」


答えない。

彼女は不思議な所で強情だ。

それでもこうして、自分の腕の中で大人しく
温もりに抱かれている。

そんな姿すら、ひどく愛おしい。


「怒ってくれれば・・・・良いんだよ」

は、骸の胸に顔を埋めた。


「覚えのない怒りをぶつけられて。
 ”なんでだ”って。怒ってくれれば、良いのに・・・。」


そうすれば、このどうしようもない感情は、
楽になれると思うのに・・・・


「怒ってほしいんですか?」

「・・・少しだけ。」


答える声は、骸の服を通して、すこしくぐもった。

骸の手は、ただ優しく背中に置かれている。
温もりがそっと伝うのを感じて、それでも、不安が消えない。

怒ってくれれば良いのに。

いっそ、そうして突き放してくれたら良いのに。


「それじゃあ、怒ってはあげられませんね」

言われて顔を上げる。

いつもの微笑が其処にあるだけで、
怒っているわけでも、責めているわけでもない。

”いつもの”笑顔―・・・・

骸はあくまで、骸のままだ。

「僕は、の言うほど、優しくは・・・ありませんから」

どうゆう事だ、と、は首を傾げる。

自分の知る限りの彼は優しい。

彼の全てを知るなんて高望みはしない。
けれども、身近に手の届く彼の事位は、
せめて知っていると、自信を持って言いたい。

そんな彼の事さえも知りえていない。

そう、言いたいのだろうか―・・・?


思ったら、なんだか泣きそうになった。

背中にあった手が、降ろされる。

今まで其処にあった温もりがなくなって、
少し、寂しくなった。

「骸・・・?」

そんな自分の頭に、再び置かれた手は、優しく頭を撫でて、
それから、力強く抱きしめ直したのは、やっぱり、
優しいとしか思えない、彼の温もり・・・・


「いくら貴女が望んでも、僕のやり方と言うものがあるんですよ。」

「何、それ」

「僕は、を責めたいとも、怒りたいとも思っていないんです。
 だから、僕のやりたい様に、のご機嫌を取らせてもらいますよ。」

「・・・・何、ソレ」


もう一度、繰り返すことしか出来ない。

なんだか、あまりに彼らしい言葉過ぎて、
他に言える言葉がない。

だから、思わず微笑んだ。

今目の前に居る彼は、自分が知っているようで、
知らない彼だ。

全てを知っているとは思わない。

けれども、手の届く所にいる彼すら知らないのは、不安で。

そして、知らない彼がこれからも増えていくこと、気付いているから。

不安で、不安で、八つ当たり。

今もホラ、知らない彼が此処にいる。


でも―・・・



「やっぱり、骸は、優しい・・・・」


それだけは、変わらない。

それだけは、誰よりも胸を張って言える。

そして、彼のやり方がまた、不安を取り除く。


「・・・・機嫌は直りましたか?」

「ま、ね。」


言って、微笑んで、その頬に、キスをした。


「私が骸を振り回してるって事は、わかったよ。」


さっきから、この人の困り顔といったら。


「・・・それだけ分かってくれれば、充分ですね」

今度は骸から。

額にキスが落とされた。



「僕が貴女以外に、
 こんな僕を見せることなんて、あり得ないんですよ。」



それから、そっと口付けを交わした。




ねぇ、 触れた手のぬくもりも

時には不安定になってしまうから

もし私が泣きそうになったのなら

貴方の腕の中 温もりで抱きしめて、

そっと、名前を呼んでください―・・・・・





                               ―fin...



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