吐き出す息が白く変わり、空気に溶け込む。

駆ける足音が、忙しなく地面を蹴りつけた。


腕時計を見やる。


朝っぱらの働いていない頭に加えて、家からの全力疾走で
意識が朦朧とし気味なせいか

視界に捕らえた腕時計は、暫く秒針を目で追うばかりで、
正確な時刻が頭に入ってこなかった。


それでも、今の時間が否が応でも頭に入ってくれば
ザっと血の気は引けていく。


予鈴はとっくに鳴っている。


本鈴までの時間は、あと五分あるか、ないか。


この時期の朝は嫌いだ。

寒くて布団から出たくなくなる。

ついでに布団から出ても、着替えの為に服を脱ぐのにも
かなりの勇気を要するようになる。


布団から出るのが遅くなった分、準備位速く済ませなくては、
なんて事頭では分かっているのだが、寒いものは、寒い。


よって、今日は見事に遅刻ギリギリ――と言うか



ほぼ完全に、遅刻だ


だからと言って、今日は日が悪い。


もしかしたら・・・・割と高い確率で、
恐怖の風紀委員が抜き打ち遅刻検問をやっているかもしれない。

時々風紀委員らしい事をしている我が校の風紀委員だが
ここ最近、校門に立っている姿を見掛けていない。



―― つまり、今日辺りはちょっと不味い。



日の目の悪い自分の運を、果てしなく恨む。


自分、今日が命日になっちゃうかもしれない。



「あれ、?」

「は?」



まだ死にたくないー!とか、頭を抱えそうな勢いで駆け足をしていたら、
いつの間にやら追い越していたらしい人影に声を掛けられる。


急がないと、と頭では考えるも
流石にピンポイントで名前を呼ばれてしまっては、
無視をするのも酷すぎる。


「って、なんだ、山本かぁ」


恨みがましい気持ちで振り返ると、見慣れた姿が立っていて

コイツだったら無視しても平気だったかもしれない、とか
ちょっと酷いだろうか。


悠長に歩いているそいつは、片手を上げながら
軽い挨拶をコチラに投げかける。

同じようにして挨拶を返せば、
朝っぱらから爽やかなそいつは、「寝坊か?」なんて聞いてきた。


「まあね。ってか、山本が遅刻って珍しくない?」

「まーな。昨日数学の宿題がなー」


いつも朝練があるからと言って
朝には強い方の彼が遅刻組みとは珍しい。

けれども確かに、その理由を聞いて納得した。

とてつもなく。


「そう言えばこの間も赤点だったってね・・・テスト・・・」


言うと彼は、カラカラと能天気な笑い声で


笑ってる場合じゃないだろ、とは心のツッコミ


「なあ、今度も手伝わねえ?
 獄寺一人だとツナに掛かりっきりになるからなー」


「えー、ヤダよ。なんか手が掛かりそう。」


確か少し前にツナが
山本は部活の練習で勉強出来ないだけでやれば出来る、とか
言っていた気もするけれど・・・・・


普段のコイツの点数を知っている身としては、
コイツ等の宿題の手伝いは、怖い。


正直、毎回何だかんだで手伝いに参加している獄寺の事は
遠巻きに尊敬している。こっそりと。



「・・・・・ってか、あれ・・・・・?」


「あ・・・・・・」



緊張感を覚えない笑顔に
思わず溜息を吐いた所で、耳に響くのは、学校の本鈴。


この時期の空気は乾燥していて、よく届く。


最初から遅刻だろうとは思っていたけれど――



やっぱりなんか、心に痛い。



「てか少し急ごうよ山本〜・・・・」

「ん?」

「今日もしかしたら遅刻検査やってるかも・・・・・」

「・・・・げ」



流石に彼の笑いが少し引き攣って



彼も十分、日の目の悪いお仲間だ。



命日確定かなーと半泣きな自分に
追い討ちを掛けられた様な気分になって肩を落とす。



ポンっと頭に大きな手が乗って
何?と顔を上げたら、もういつも通りの能天気な笑みの彼が居た。



「そんじゃ、このまま今日はサボっちまうか?」

「・・・・・・・・・は?」

真面目だしな、一回位平気だろ?」

「え、ちょ、ちょっと何確定系で話し進めてんの?」

「それとも行っとくか?命日確定コース」

「う・・・・」



それは・・・・嫌かな・・・・・



言葉をつまらせた自分を、彼は笑う。


いつもの能天気な顔で


それだって言うのに、悔しいくらいカッコいい顔で



「まあほら、今日はさ」


「・・・・・・。」


「天気も良いんだし。」


「・・・・・・うん」


「絶好のデート日和だと思わねえ?」


「・・・・・・誰が、誰と、デートよ」



聞き流してあげないからね、そこのとこ。


言うと「望むところだな」と彼。


正直ときめいた自分が、憎らしい。



けれども次の時には
「行こうぜ」と手を掴み歩き始めた山本が


本当に相変わらずな能天気顔で笑いかけてくるから



「良いのかなぁ・・・・」



そんな風に苦笑しながら握り返した手の平と




「んじゃ、まずは喫茶店にでも行くか」


「ん?」


「数学の宿題、分かんなかったとこ教えてくれな、」


「って、まさか最初から
 そっちが目的だったんじゃないでしょうね・・・・」




呆れたように言えば彼はやっぱり笑っていたけれど
どうも誤魔化しっぽかったから


膝裏に蹴りを入れようとしたけれどもヒラリと交わされて


なんだか凄く、悔しくて



「宿題デートなんて、色気ないのっ」

「んじゃ、色気のあるトコ、行きたいのか?」

「・・・・・・・やっぱ、いいや」



すごくしてやられた感があったけれども



学校とは、反対の方向へと歩を進める。


日は上へと昇っていき
少しずつ、ほんの少しずつと気温も上がっていくけれど


寒いのは、変わらない。


この時期の朝は、嫌いだ。


けれども今日は、何となく


繋いだ手が、あったかい気がした





僕らエスケープ
症候群!



「よーし、そんじゃあビシバシ行くわよーっ」
「・・・やっぱ色気のある方にしとかねぇ?」
「却下。」



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