本日、雲ひとつない見事な晴れ模様。

カーテンを揺らす風は、程よく温かい。


春眠暁を覚えず


眠気を誘うのは確実な季節だ。


そんな今日も、もうすぐ終わる。


夕日が山間に隠れるまで、あと数十分と言ったところだろう。


それでも薄れない春の匂いは、割と好きだったりする。


柔らかく靡くカーテンの隙間から、開いていた窓を閉めて
は「だからぁ」と、いい加減痺れを切らしてきたような声を出した。


「神社の前の桜が咲いたんだって。」

「それはもう何回も聞いたよ」

「聞いてはいるけど聞き流してるじゃない。」

「君がしつこいからだろ」

「雲雀が聞いてくれないからでしょ」


さっきから、こんな会話の同道巡りだ。

正直、もう何回繰り返しているのかもよく分かっていない。

子供の様に拗ねた仕草で、は口を尖らせる。


「見に行こうって言ってるのに」

「どうせまだ一部咲き位でしょ。時期が早すぎ。」

「それもまた趣があるって事で」

「へえ、君に趣なんて理解できたんだ?」

「ねえ、さらっと人馬鹿にするのとりあえず止めない?」


言うだけれども、別に馬鹿にしているというよりは


―― 思った事を言っただけ、なのだけれど


応接室の扉を閉めて、もう薄暗闇の廊下に出る。

経費削減の為か、人の居ない校舎の電気は付いていなくて、
この場所も、また然り。


長い廊下が暗闇の中で続いていた。


その中を、特に謀ったわけでもないけれど
当然の事の様に隣で歩いて、は不満そうな顔をする。


人の居ない校舎では、足音も話し声も、よく響いた。



「桜、嫌い?」

「別に」


覗き込むような仕草で見つめる
特に視線も動かさず、前を見据えたままで答える。


「じゃあ良いじゃん。お花見行こうよ」

「もう日が暮れたよ。」

「夜桜なんて最高じゃないですか」

「そのまま誘ってるなら、話は別だけどね」


言ったら、彼女は押し黙った。


そういう事じゃないのに、と、戸惑うような声で言う。


冗談なのか本気なのか推し量れずに、
最終的に自分の中で困ったことになっているらしい。


そんな彼女の中の問答は、知らないふりをする。


桜が好きと言うよりも、彼女の場合
確実に『祭好き』の部類に入ると思う。


だから、桜が一部咲きだろうと何だろうと
咲いたと聞けばはしゃいで見に行かずには居られないのだ、どうせ。


誰も居ない玄関で靴を履き替えて、
月が輝き始めた、春の匂いのする外に出て


当然の様に駐輪場に停めてあるバイクに向って。


その間、は俯いて不満そうに口を尖らせたまま


一切の口も聞かない。


けれどもフッと、視線を上げると、
思いがけずに微笑んだ彼女がいて


その視線の先には、駐輪場の脇に一つある
それなりに大きい桜の木。


少し高い位置にある蕾が、ようやく緩く開いてきた頃。


まだ、咲いていると言って良いのかも分からない位の花びら



月の光に透けて見えるそれは、何処か月にかかる霞にも似ていた。



そんな桜を見つけて、は微笑む。


残念そうな、少し諦めたような笑み。


ひとつ、溜め息。


「時間、どうせあるでしょ。」


「どうせって辺りが気になるんですが・・」


「うるさいね」


自分は付けるつもりの無いヘルメットを被せて。

落ちそうになるそれを両手で押さえた彼女に、言った。


「少し、遠回りして帰るよ。」


そう言ってバイクに跨る雲雀に、もヘルメットをしっかり装着しながら
その後ろに腰掛けて、雲雀の身体に手を回す。


「どこか寄る所でもあるの?」


「さあね。」


怪訝そうな顔をした彼女


そんな表情を横目で見て、ひとつ、エンジンをふかす。


煩い爆音が一つ響いて、その音に紛れるように
溜め息交じりの呆れた声で、言った。


「桜並木位なら、通って行ってあげるよ。」


横目で見た少女は、きょとんとして



そしてほんの少しの間の後に、彼女はとびきりの笑顔を向けた。

パァっと輝く、一点の光にも似た笑顔。


微笑みなんて儚そうなものより、
彼女には、一瞬の閃光の様に焼き付くそちらの笑み方が似合っていて




――― だから、桜は嫌いになれない








そんなガラじゃないんだけれど





その笑顔が見られるならば


我が侭に付き合うのも悪くないと思ってしまう自分がいて


最近は戸惑う事ばかりなのも、少し癪








- CLOSE -